小岩井ことりインタビュー「人生全部がオタ活」「音楽ビジネスの基礎はやっぱり著作権」
幼少期に見たアニメをきっかけに声優になることを志した小岩井ことりさん。現在は、人気声優であることは言わずもがな、DTMを駆使した作詞・作曲に加え編曲や録音・歌唱までこなし「完パケ納品できる唯一無二の声優」と称されています。作詞・作曲を本格的に始めるにあたっては、著作権の本を読み漁って勉強された過去もお持ちとか。そこで今回は、声優や作詞・作曲のお話、最近注力されているASMRのこと、さらに著作権についてもお話しいただきました。
小岩井さんの経歴~人生全部がオタ活
――現在、声優業のかたわら、ご自身で作詞・作曲を行うなど、幅広く活動されていますが、幼少期から活動的だったのでしょうか。
そうですね。たとえば…「松ぼっくり」ってあるじゃないですか。あれを全種類コンプリートしたくて集めまくったり(笑)。松ぼっくりに関しては、「これ無限にあるな」って途中で気づいてやめましたけど、それぐらい好奇心旺盛な幼少期だったと思います。
――声優に興味を持ったのも、幼少期にとあるアニメを見たことがきっかけだとか。
言葉を発しないキャラクターの「鳴き声だけで想いを伝える演技」に感動したのがきっかけです。小学校の先生から「アニメのキャラクターの声は声優さんという職業の方が演じている」ということを聞いて、声優という職業に興味と憧れを抱くようになりました。
本当は声優の学校に通いたかったんですけど、「費用は自分で」という家庭の方針もあり断念しました。何か手持ちのものでできることはないかな、と考えたときに、小学生のころから親しんでいたパソコンを使えないかなと思い至り、「声を取り込んで波形を見て、自分の声の波形と比べながら発声を矯正していく」という方法を思いつきました。波形的に見てプロの人と全く同じようにできたらそれはもう凄いことだと。日頃から作曲でもパソコンを使っていたので、この手法ならハードルがなかったんです。
――最近は、ASMRのレーベルを立ち上げたり、ゲームをプロデュースすることが発表されたり、活躍の幅がどんどん広がっています。新しいことを始める際はどういうきっかけが多いのでしょうか。
もともとは言われたことだけやる人間になりたかったんですけど(笑)、どこで道を誤ったのか、最近はクリエイティブな仕事に関わらせてもらう機会が多くなってきました。実現までの流れは、普段から自分がやりたいと思ったことを発信していると、皆さんから声をかけてくださる感じです。Xを始めて、オタク友達に話すような何気ないツイートを投稿していたら、多方面から声をかけていただけるようになりました。
声優にしてもオーディションで受かった作品って、勝手にテーマ曲を作ってオーディションで歌ってしまったり、自分がやってみたいと思ってやったことが引っかかったりしたんですよね。そういう経験もあって、自分がやりたいと思ったことは発信するようにしています。
――お仕事の幅がすごく広がっているので、とてもお忙しいですよね?
忙しいですが、忙しいのが大好きなので仕事詰め詰めで楽しんでいます。でも、仕事してる感覚もあまりなくて、高校を卒業してからずっと「夏休みが続いている」みたいな感覚です。ずっと楽しい遊びを皆さんとしている感じで、働いてる感覚が全くないんですよね。夜の生配信もぜんぜん苦じゃなくて「オタ友のみんなとの遊び」って感じです。自分が出演しているアニメの曲でも「忙しいことを楽しんでる」的な歌詞があるのですが、そのロールプレイみたいな人生です。言ってしまえば、人生全部がオタ活なんですよね。
小岩井さんと声優~現場ごとにキャラクターのロールプレイを楽しむ
――声優としてのキャリアは間もなく13年になります 。当初から変わらずに意識されていることはありますか。
常々キャラクターあっての声優だと思っています。やっぱり声優っていう職業である以上はキャラクターがあってこそなので、そのキャラクターを大事にしたいし、そのキャラクターが活躍できるように、私自身も「健康で長生き」に頑張りたいなと思ってます。
――キャラクターに入り込むにあたって、気をつけていることはありますか。
最初の頃はとにかくいっぱい練習したんですけど、経験を得ていくと逆なんだなって思いました。練習しすぎると、自分の中で演技が固まっちゃうんですよね。せっかく周りの皆さんと一緒にアフレコしたりするのにキャッチボールにならないなと。なので、練習しすぎないように、現場現場でその世界にいるそのキャラクターとしてのロールプレイを皆さんと楽しむようにしています。本当にその世界で普通に生きるって感じです。それができたときは、やっぱりいい感じの音声が取れている気がします。
――同じ時期に複数のキャラクターを演じていることもあると思います。独特の難しさとかもありますか?
あります。でも、それはキャラクターを切り替えるのが難しい訳じゃないんですよね。喉ってすごく「筋肉」なので、声が高いキャラクターを3~4時間とか演じた後に、声が低いキャラクターを演じることになると、喉の筋肉が凝り固まっちゃって開かなくなっちゃうんです。
小岩井さんと作詞・作曲~作曲は幼少期から日常に、作詞は音楽の翻訳
――作曲も声優と同様に独学ですか。
これは私の家庭の話なんですけど、昔から家族で歌って遊んでたんですよ。作詞・作曲とまで言わないんですけど、各々自分の気持ちを歌で伝えていました。なので、音楽を作ること自体はずっと日常のなかにあったんですよね。小学生のときには自分のパソコンがあったんですけど、そのころはMIDI規格で再生できる音楽をホームページ上で作るのが全盛期だったので、それに乗っかりました。基本的な知識については、吹奏楽部時代の経験もありましたし、MIDI検定を取得する過程で身につけました。さらに、音楽機材に本格的に投資していくと、自分が作りたいものを作るときにも選択肢が増えるので、より豊かな表現ができるようになったなと思います。全てオタ活の一環だと思って楽しみながらやってきました(笑)。
――新型コロナウイルスが蔓延しはじめた頃、ヒーリングミュージックをYouTubeにアップロードされていましたよね。小岩井さんの活動の根源には、不安や悩みを抱える人に対して、役に立ちたい・癒したいという想いがあるように感じます。
そのころ、周りの声優さんは朗読をアップロードして、子供たちへの読み聞かせに使ってください、っていうのをやってらっしゃったんですよ。それを見て私はBGMを作ってみようというのが発端でした。
周りの声優の方とか、スタッフさんとか、関わる皆さん本当に素敵な方が多いんです。自分自身は、幼少期から好奇心は強いけどコミュニケーションが得意じゃないっていうのがあって、人のために何かするということがあまりできていなかったんです。でも、今まで先輩から受けてきたご恩はお返ししたいという気持ちはあって。ただ、それは先輩には返せないんですよね。やっぱり先輩なので。
なので、自分のできることを世の中に返していくことが、今まで受けてきたご恩の返し方なんだと分かってきて、やれることがあったらやってみたいなという想いがありました。
――作曲だけでなく作詞もされていますよね。どのように詞を書かれていますか?
私の作詞は大体、音楽の翻訳だなと思ってて、その音楽が言ってることを伝えるっていう仕事だなと思っています。楽譜を見て音楽を聴いて、特にコード感を意識して聴くと、ここではこういうことが言いたいんだなっていうのが見えてくるんで、それを日本語にしてお渡しするっていう感覚ですね。
――作詞における言葉選びは非常に難しいと思います。インスピレーションを受けたCDや本とかはあるんでしょうか。
著名な方の詩集を読んだことはあります。でも、凄い方ってやっぱり天才なんで、参考になるかっていうとならないんですよね。意識していることとしては、普段から面白いと思ったことはメモしています。でもそれもそのまま使えることはあまりなくて、メモした言葉をもとに膨らませるという感じです。入れたいと思うかっこいい言葉を入れると、すごく違和感のあるものができあがりがちだと思っていて、結局よく聞く普通の言葉たちの組み合わせで、ちょっとだけ違和感のあるものを作るのが正解だと思っています。
小岩井さんとASMR~定義が広いからこそ難しい
――先日、ASMR要素を盛り込んだゲーム「けものティータイム」の製作を発表されましたが、小岩井さんといえばASMRのイメージが強いです。
一般的にASMRと聞くと、ダミーヘッドマイクっていう人の頭の形をしたものとか耳の形がついたマイクですごく耳の中をくすぐられるような音、ささやきとかそういった音のことを想像される方が多いと思いますが、実はそれだけではなく、結構定義が広い言葉なんです。耳がゾワゾワしたりとか、何となく心地良い感覚を感じられる音っていうだけなんです。バイノーラル録音っていうと、ダミーヘッドマイクなどのバイノーラル用のマイクを用意しなきゃいけなかったりすると思うんですけど、ASMRっていうと別に何でもいいんで、スマートフォンで録っている方も沢山います。定義が広いからこそ流行ったんだと思います。
――定義が広いだけに、ご自身のASMRレーベル「kotoneiro」で制作するジャンルや方向性を考えるのも大変ですか?
大変です!スタッフ一同のメッセージグループがあるんですけど、そこでずっと話し合ってます。というのも、ASMRはASMRならではの収録の難しさがあるのですぐには決められないんです。おしごとねいろシリーズという、色んなお仕事に注目して音を聴く作品でいえば、美容師なのか、ペットトリマーにするのか、などを決めるんですけど、音を楽しめつつ、演じてもらって無理がないものを選びたいんです。特に、ダミーヘッドマイクは演者の「動き」という要素もあるので、声優だけの技術とはまた違う点があります。
――今回のゲームでは、ASMRとけもみみ喫茶店を掛け合わせていますが、その理由は何かありますか。
「けものティータイム」は一緒にやっているプロデューサーの方がいらっしゃるんですけど、その方と話し合う中で、私のほうから「ASMRの要素を入れたい」と伝えました。他の要素に関しては何個か案を出しながら決めていって、「けもみみ」と「喫茶店」という形に落ち着きました。癒されるゲームを作ってみたいねというのが出発点で、BGMもまたちょっと独自のこだわり方をしています。このあたりはまた続報をお待ちいただければと思います。
小岩井さんと著作権~音楽ビジネスの基礎はやっぱり著作権
――作詞・作曲といった創作活動を本格的に始めるにあたって、著作権について調べられたとお聞きしました。きっかけは何だったんでしょうか。
作曲もお仕事になってきたときのことなんですけど、とあるラジオで、サウンドステッカーと呼ばれる場面の切り替わりを伝えるために再生される、短い音のコンペがあったんです。それに受かったんですけど、そういうコンペで受かったものって作曲者の名前は基本的に表に出ないんですよね。たまたま別の番組でこのサウンドステッカーについて調査する企画があって、作ったのが私だということが公表されることになったんですけど、それがなかったら一生公開されてなかったと思います。そのときに、音楽がどうやってビジネスになっているかを知らないと、音楽を仕事にしていくことはできないなと思ったんです。最初は本を読み漁って勉強しました。絶対に役に立つことなので、これから音楽をやりたい方は是非著作権について学んでみて欲しいです。
小岩井さんが著作権のことを学ぶために読まれた書籍
――小岩井さんのようにご自身で勉強される方がいる一方、正しく理解されていないクリエイターの方もまだまだ多いのが現状です。
クリエイターとしての才能があればあるほど、自分の世界を確立されている方が多いので、どうしてもそうなりがちな気がします。とりあえず暮らしていけてるからいいやみたいな。でも、本当は音楽というものがどうビジネスになっているのかを知った方がもっと広く活躍できると思うんです。私も理解できたときは目からウロコでした。なんでこれが良くてこれが駄目なのか、だったり、この音楽が流れたことでどうやって対価が還元されているのかを知って世界の見方が変わりました。クリエイターではない方も知った方が楽しいと思います。
――著作権に関することでいえば、過去に合成音声の論文で表彰されていますよね。ご自身で作詞・作曲だけでなく歌唱もされて、クリアな形で生成AIの学習に使う、という取り組みは画期的だと思いました。
合成音声用のデータを収録をする際は、著作権が消滅している童謡を歌ったり様々な方法がありますけど、やっぱり皆さん著作権のことを気にしながら取り組まれているんですよ。こういう状態の分野って、どうしても参入自体が難しくなってしまいますし、良い合成音声を作ろうとしても、まさに楽曲の著作権に関する制約で次に進めなかったりするんですよね。これを乗り越えて、より公明正大なものにならない限りこの分野は発展しないので、何か一歩でも先に進む手助けができればと思って挑戦しました。
――小岩井さんにとって合成音声ってどういうものでしょうか。また、あらためて声優さんなどの、声のお仕事で求められる人間の価値についてどうお考えですか。
合成音声については、ただただ面白いものだなと。最近はYouTubeのショート動画で自分の合成音声が使われているのをよく聴くので、親からも「娘の声がする!」って。でももう驚くことではなくて、今後は普通になっていくだろうなって思っています。
一方で人間だからこそできることは沢山あると思ってます。やっぱりアフレコとかは難しいですし、お芝居となると本や台本を読み解く力が必要なんです。いつかは合成音声を用いて、人間に近い表現ができるようになるとは思うんですけど、だからって人間の価値が全くなくなるかっていうと、そうではないと思います。
あとは、人類全体の著作権に対する意識・倫理観を少しずつ高めていけたらいいですね。包丁も料理に使う人がほとんどだけど、なかには誰かを傷つける形で使っちゃう人もいますよね。AIを含むテクノロジー全般と著作権の関係でも同じことが言えると思います。
――著作権などについて、いわゆる「意識の高い」発言をすると仕事が入ってこなくなるんじゃないかという不安を抱かれる方もいて、実際にそういう空気感もあると感じています。
「どこを目指したいか」によるかなと思います。自分1人で完結するほうが良いっていう人もいるとは思うんですけど、私はもっと上を目指していきたいし、もっと豊かな人と関わりたいと思ってます。それであれば、その世界のルールは深く学ぶべきかなと思います。もし、意識が高そうな発言をして、それで生意気だって言ってくるような方がいたら、お付き合いを控えたほうがいいかもしれないです(笑)。
音楽ビジネスの基礎はやっぱり著作権だと思うので、その知識がないと絶対に仕事ができないという訳じゃないけど、やっぱり知ったうえで様々な判断をするほうが良いと思います。知らないと「ただ知らない人」になっちゃうので。
――そうですね。どんなクリエイターの方も、著作権に関しての知識は必須要素として前向きに捉えてほしいと思ってます。
今回インタビューを受けて感じたのは、JASRACさんはKENDRIXという取組みを通じて、若い音楽クリエイターさんに著作権のことを認知してもらって、きちんと自身の権利を主張しても、クライアントさんに「えー」って言われないような環境にしたいんだな、ということです。どうやって権利を主張してマネタイズするのか、とても具体的なことを紹介する記事なんか面白いかもしれないですね。
若い音楽クリエイターへのメッセージ
――小岩井さんは以前、才能は掛け算ということを仰っていました。若い音楽クリエイターへのメッセージとして、あらためてお聞かせください。
例えば、私は作曲ができますけど、私よりもっとできる人は沢山います。でも私にしか来ないお仕事があるんですよ。なぜかっていうと私は声優でもあり作曲家でもあって、この掛け算をしたときに、声優で作編曲までできる人は誰だっていうとなかなかいないからなんです。オリンピックの金メダルを目指すより、自分だけの競技を作った方が活躍できますよね。そんなイメージです。自分だけの競技を作ろうと思ったら、「遠いもの」を掛け合わせた方が強いです。例えば、DJ×作曲だと競技人口が多くて、自分だけの競技じゃないんですよね。
――掛け合わせるものはどう探せば良いでしょうか。
人生の中で一番時間をかけてきたものをあらためて考えてみると良いと思います。費やしてきた時間の力ってすごくて、私は演技では子役からやっている方には絶対に勝てないです。さらにいうと、自分のなかでオンリーワンだと感じる組み合わせが見つかったら、それを続けることも大事です。続けないと周りに知ってもらえないので。変な奴いるなって知ってもらうためには、ちょっと極端な組み合わせで、自分の本当に好きなものを継続していく。そうすれば、いつかは何かしらの花が咲くと私は思っています。
小岩井ことりアニメ「のんのんびより」の宮内れんげ役、「アイドルマスター ミリオンライブ!シアターデイズ」の天空橋朋花(てんくうばしともか)役などで知られる人気声優。声優業の傍ら、作詞家・作曲家としても活動している。DTMの知識や、MIDI検定1級の実力を活かしたオーディオ方面での活躍は目覚ましく、音に特化したASMRレーベル「kotoneiro」のプロデューサーも務めるなど、幅広い世代に向けて音の魅力を発信している。
■小岩井ことり 公式X(旧Twitter)
https://x.com/koiwai_kotori
TEXT:KENDRIX Media 編集部
PHOTO:雨宮透貴
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