KENDRIX Media データラボ 番外編
「団体名義」本当にそのクレジットでいいですか?
音楽業界のトレンドや音楽クリエイターの皆さんが気になるテーマをピックアップして、データによる検証・分析を行っていく「KENDRIX Media データラボ」。
今回は、楽曲を公表する際のクレジット(名義)について、ちょっとした問題提起をさせていただきます!
※今回、データによる検証・分析はあくまでオマケ程度となりますので、「データラボ 番外編」としています。
もしもニルヴァーナの『Smells Like Teen Spirit』の作詞者・作曲者のクレジットが「ニルヴァーナ」だったら
唐突ですが、ニルヴァーナの『Smells Like Teen Spirit』(1991年リリース)の作詞者・作曲者のクレジットが「カート・コバーン」「デイヴ・グロール」「クリス・ノヴォセリック」の連名ではなく「ニルヴァーナ」だった場合、一体どうなっていたと思いますか?
その場合、日本で『Smells Like Teen Spirit』の著作権が保護される期間が2061年で満了してしまうのです。
カート・コバーンは1994年に27歳という若さで亡くなってしまいましたが、デイヴ・グロールは2022年9月時点で53歳、クリス・ノヴォセリックは57歳でともに活躍中です。
クレジットってそんなに大事なの?
結論から申し上げると、クレジットは「とっても大事」です。
まず、誰が作ったのか、ということは楽曲を識別するうえで欠かせません。
『さくら』というタイトルの楽曲は、JASRACに登録されているだけでも、1000曲以上あります。どの『さくら』なのか、というときに、作詞者・作曲者が誰か、ということは非常に重要な要素となります。
著作権は、第三者による著作物の利用を禁止できる権利です。
この権利のおかげで、第三者に著作物の利用を許可する代わりに使用料を求める、といった取引を行うことができるようになり、著作物の創作を生活の糧とすることも可能となっています。
音楽著作物を利用したい人は、作詞者・作曲者の許可を得る必要がありますから、クレジット情報を頼りに著作者に連絡を取って許可を得ようとするでしょう。
そして、何より大事なことは、そんな著作権の保護期間がクレジットによって大きく変わってしまうことがある、ということです。
なぜクレジットによって著作権の保護期間が変わるの?
冒頭で、『Smells Like Teen Spirit』(1991年リリース)のクレジットが「ニルヴァーナ」だった場合、著作権は2061年に消滅する、とお伝えしました。
著作権が消滅する、ということは、第三者が許可を得ずに著作物を利用できるようになる、ということです。許可が不要なのですから、使用料を払ってもらうこともできませんね。
2061年であれば、現在は2022年ですから、あと40年もありません。
ただ、実際には『Smells Like Teen Spirit』の著作権が2061年で消滅することはありません。
著作権の保護期間は原則として「著作者の死後70年が経過するまで」と定められています。
また自分以外の共同著作者がいたりすることもあります。著作権法上は「共同著作物」という扱いになりますが、こうした場合の保護期間は「共同著作者のなかで最後に死亡した著作者の死後70年」となります。
そもそも、著作者には氏名表示権というものがあり、作詞者・作曲者はその楽曲の公表に際して、作詞者・作曲者の名前を表示するのかしないのか、表示する場合はどのような名前で表示するのか、を決めることができます。
著作権法上、名前を表示しないことは「無名」、実名ではないペンネームなどを用いることは「変名」とされています。
無名や変名で公表された著作物の場合、著作者本人を特定できず、死亡時期も特定できない可能性があるため、著作権の保護期間は「著作物の公表後70年」となります。ただし、変名であっても著作者本人の存在が周知となっている場合は、死亡時期も特定できますから「著作者の死後70年」とする原則に立ち返ることができます。
保護期間が「著作者の死後70年」にならない例外はさらにあって、それが「団体名義」の場合です。「法人その他の団体が著作の名義を有する著作物」が団体名義の著作物であり、団体名義の著作物の保護期間は「著作物の公表後70年」となります。
事例でご説明しましょう。
バイト先で意気投合したA(25歳)・B(21歳)・C(18歳)が組んでいる3ピースのロックバンドRは、2022年に『T1』というタイトルの楽曲をリリースしました。
『T1』は大ヒットして後世にも歌い継がれる名曲となりました。
3人のメンバーは、A・B・Cの順に、ともに90歳で亡くなりました。
要するにRのなかで一番最後に亡くなったメンバーはCで、その死亡年は2094年です。
『T1』の歌詞やメロディーはA・B・Cの3人でアイデアを出し合って創作されていました。
楽曲『T1』の著作権が消滅するのはいつでしょうか。
答えは以下の表の通り、著作者のクレジットの仕方によって異なります。
作詞者・作曲者のクレジットがグループ名だった場合、クレジットが個人の連名だった場合と比べて、このケースでは72年も早く著作権が消滅してしまうのです!
Rというグループには死亡という概念はないですよね。
著作権法上は「団体名義」という扱いになって、保護期間は「著作物の公表後70年」となってしまいます。
「A・B・Cの3人でアイデアを出し合って創作された」という実状は分かっているじゃないか、と思われるかもしれませんが、あくまで設問の設定上のことでして、実際に「作詞・作曲:R」として公表されてしまったら、第三者としては創作時の実状まで知る由は通常ありません。
冒頭で触れたニルヴァーナ『Smells Like Teen Spirit』(1991年リリース)でも同じ表を作ってみました。
自分の死後に著作権が管理されることに意味があるの?
著作権は使用料を産み出す可能性がある資産であり譲渡することも可能です。
著作者本人が死亡した場合、著作権は相続や遺贈の対象となり得ます。
JASRACは音楽の著作者と信託契約を締結することで、著作物の管理委託を受けています。JASRACと信託契約を締結した著作者が死亡した場合、JASRACとの信託契約における委託者の地位や分配を受け取る権利は、著作権の相続や遺贈とともに親族等に承継されます。
海外でも同じなの?(データ検証)
ここまでご説明した著作権の扱いは、日本の著作権法が適用される場合、という前提になります。
じゃあ『Smells Like Teen Spirit』は関係ないの?と思われるかもしれませんが、大いに関係があります。
海外の著作物でも、日本国内で利用される際には、日本の著作権法が適用されます。
国によって著作権の保護期間が異なったりしますので、ある国では著作権が早く消滅する、ということもあり得ます。
ただし、主要な国では保護期間を70年にする、という形で、国際的な取引で支障を来さないように調和が図られています。
そのうえで、外国曲では団体名義をあまり見かけない、という実感はあります。
そういえば、外国作品でクレジットされている著作者の数は内国作品よりも圧倒的に多い、という集計結果も以前ご紹介していました。
(関連記事)
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今回は、JASRACが2021年度に使用料を分配した2,826,076作品のうち、団体名義の作品の数をカウントしてみました。
その結果が下表です!
外国作品には団体名義がほとんどありませんね。
それに比べて、内国作品では団体名義が1割弱もあります。
ちなみに、個人名とグループ名が混在するクレジットも団体名義となります。
たとえば、先ほどのRというグループが、Fというゲストボーカル(個人)を招き、Fも作詞を担当したので、以下のようなクレジットにする場合、これも団体名義として扱われます。
作詞:F・R
作曲:R
団体名義にするのはなぜ?
そもそも団体名義のクレジットにする理由はなんでしょうか。
グループの人数が多い場合、いちいち個人を連名で記載するのは大変、ということはあるかと思います(表記がラク説)。
また、バンドなどで「曲作りは誰がやる」という役割分担が明確であっても、著作者を一部のメンバーだけにしてしまうと、まさに著作物使用料の受け取りの有無による収入格差が生じてしまうので、あえてグループ名義にすることで、一旦使用料をどこか一箇所にプールして、あとから任意に分けられるようにしよう、という考えもあるかもしれません(うまくやろう説)。
これは非常に微笑ましい、平和的な対応という印象も受けますが、メンバーの脱退や入れ替わりがあった場合に非常に悩ましいことが起きそうだな、とも思います。
さらに、日本人は集団主義で、欧米人は個人主義だから、という見方もあるかもしれませんが、テーマが壮大になるので割愛します(国民性説)。
それよりも何よりも、JASRACの作品登録における「取分」の設定に柔軟性がないことも、個人(連名)のクレジットではなく団体名義を用いてしまう一因となっているかもしれないので、最後にこの点にも触れたいと思います(JASRACルール説)。
JASRACの作品登録における取分の設定とは?
JASRACと信託契約を締結した作詞者・作曲者は、JASRACに作品届を提出することで、自身が著作者となっている楽曲の権利関係をJASRACに登録します。JASRACに登録された楽曲は、J-WIDという作品データベースとして公開されています。
JASRACが集めた著作物使用料は、その使用料が紐づく楽曲の権利関係を参照して分配されます。
楽曲の使用料は、その楽曲の権利者として登録された著作者に対して、原則としては以下のルールに則って分配されます。
・まず、詞と曲で均等に分ける。
・詞と曲、それぞれの権利者で均等に分ける。
先ほどのRというグループの例で、作詞はAのみ、作曲はBとCが権利者として登録されている別の楽曲『T2』があって、その使用料が100円だった場合、
・まず、詞と曲で50円ずつに分ける。
・詞の50円はAに、曲の50円はBとCで25円ずつに分ける。
という形となります。
とにかく3人で均等に創作に貢献しているんだから、AもBもCも33.3円ずつ、均等割りにしてほしい、と思われるかもしれませんが、原則ではそうはならないのです。
実際にはもっと細かい設定を希望されるかもしれません。
たとえば、上記の例でも、
・Aの歌詞は重要だったから50円で良い。
・曲はほとんどBが考えて、Cはサビの一部にしか関わっていないから、Bが40円でCは10円にしたい。
といった具合に、創作への貢献度みたいなものを取分に反映させたい、という内容です。
実は2021年4月以降、原則によらない任意の取分で権利関係をJASRACに登録できるようになっています。
「共同著作に係る分配率設定の制度」という名称で、「共同著作者の創作の寄与度に対応した合意分配率(共同著作者ごとの分配率であって、共同著作者全員が合意したもの)について所定の届け出があった場合には、合意分配率による分配を行うものとする。」としています。
ただし、
・共同著作者が全員JASRACと直接信託契約を締結している。
・詞と曲の割合は均等、という原則通り。
という条件があります。
Rによる楽曲『T2』の例でいうと、「Aが50円、Bが40円、Cが10円」には対応できますが、「A・B・Cが33.3円ずつ」にはできません。
まとめ
グループで楽曲を制作したとしても、著作権の保護期間と得られる対価を最大化するには、団体名義ではなくグループを構成する個人の連名で発表し、JASRACなどの著作権管理団体に登録した方が良いといえます。
創作への貢献度の違いを取分に反映させたいのに、個人の連名でJASRACに作品登録すると律儀に「均等割り」されてしまうから困る、というご懸念があるかもしれませんが、JASRACは任意の取分設定にも対応しています。
次の新曲のクレジットを考える際に、この記事をきっかけに著作権の保護期間のことも思い出していただけるとありがたいです!
TEXT:KENDRIX Media 編集部
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