「未完の人生を生きていく」大作「明暗」に込められたACE COOLの人生論を訊く

「1of1」とは世界にひとつしかないもの/ことを指す言葉です。この連載では日本で「1of1」な活動をしているアーティストたちに話を聞いていきます。いろんな人たちのいろんな言葉が連なったとき、日本が独自の感性で育んできた音楽文化を重層的に表現できるのではないかと思っています。
今回のゲストは3月6日にワンマンライブ「明暗白日」を東京・WWW Xで開催するACE COOLさんです。昨年5月にリリースした大作「明暗」の話題を中心に、ACE COOLさんの人生観、ラップへの思い、音楽性について訊きました。
文:宮崎敬太 写真:雨宮透貴
「幸福論」は「明暗」というアルバムにおける、きっかけのようなもの
――アルバム「明暗」はラッセルという哲学者の「幸福論」をベースに制作されたそうですね。
ACE COOL:はい。2020年に出した「GUNJO」で自分の中で語れることを出し切っちゃったんで、「次の作品どうしよう……」と。当時はまだバイトをしてたけど、コロナ禍に入って結構休みが多くなってきたので、創作のヒントを求め名著と言われる本を読み漁っているなかで、ドストエフスキーの作品に出てくるような、哲学的なものを題材にするのはどうかとなりました。そこがスタート地点です。でもやっぱり「認識論」などは難しいので「幸福論」なら書けそうというか、ヒップホップに落とし込んで自分なりに消化できたらすごく面白いものができるんじゃないかと思ったんです。
――「幸福論」のどの部分がヒップホップで表現できると思ったんですか?
ACE COOL:“幸福とは?”とか“人生とは?”ってすべての人に共通する普遍的なテーマだと思ったからです。“この世界はどうやって成り立ってるのか?”と言われても、リスナーは自分に置き換えづらいかなって。
――コロナの時期って、改めて人生を振り返る雰囲気がありましたよね。
ACE COOL:しかも僕、あの頃27歳だったんです。ちょうど下の世代が出てきて、自分は中堅ぐらいなのにあまり結果が残せてなかった。だから数字を意識しちゃって、かなりしんどかった。そんなときに読んだラッセルの「幸福論」は社会や競争の中で相対的に自分を捉えるということを考え直す内容だったので、ちょうど良かったんですよね。あとそもそもヒップホップ自体が競争を前提としてるから、そこも含めてやってみる価値があると思いました。
――なるほど。
ACE COOL:生きてると学校の成績とか運動とかで当たり前に競争に巻き込まれるじゃないですか。個人的なことで言うと、あの時期に結婚する友達が多くて。なのにこっちは食えてすらいない、みたいな。そういういろんな状況が重なってました。「幸福論」自体は別に爽快感のある言葉が並んでるわけでもないし、僕自身すべてに同意したわけでもない。その意味では「明暗」というアルバムにおける、きっかけのようなものだと思います。
――「幸福論」はアルバム「明暗」のフレームになっている、という理解で合ってますか?
ACE COOL:そうですね。1曲目の『原因』と12曲目の『明暗』を除く10曲は「幸福論」という本の内容に準えて作っているんです。当初は前半5曲で不幸をもたらす原因を歌って、後半5曲で幸福をもたらす考え方という構成だったんですが、そうなるとアルバムとして前半があまりにも暗すぎて。
――いくらなんでも。
ACE COOL:たぶん当初の曲順だとほとんどの人が前半で離脱してしまうと思ったので、『自尊心』を前半に持ってきたり、音楽として楽しめることを前提に今の状態にしました。なのでこのアルバムは1曲目からストーリーになっているのではなく、たとえば『自尊心』なら自尊心のある状態、『羨望/嫉妬』なら羨望や嫉妬心を抱いている状態の自分を、過去の記憶から引っ張り出してきて曲にしている。それぞれがが独立した曲としてあるイメージです。「GUNJO」と差別化したい気持ちもあったので。でもACE COOLがラッセルと同じものを出しても面白くないし、ACE COOLの作品としても成り立たないと思ったので、『明暗』を書いたんです。この曲は半年以上かかりました。
1日1行書く状態でした
――『明暗』の最後のブロック、“俺も本当は こいつで売れたい/あの武道館やドームに立ってみたい/皆に尊敬される人間になりたい”ってラインは特に勇気がいると思いました。
ACE COOL:後半は本当に筆が進まなくて、1日1行書く状態でした。もちろん一気に書くこともできたけど、質が悪くなってる実感があって、「ここは違うよな」とかで直したり。
――三歩進んで二歩下がる的な。
ACE COOL:はい。ビートは先にできていて。前半がものすごく静かで、後半から畳み掛ける構成だったので、リリックも前半は不幸の原因を書いていって、後半は幸福になるための思考について書くというイメージが頭の中にありました。書きながら、ふわっと「結局、人間らしく生きるってことなのかな」みたいな感覚はあったけど、まだ明確じゃなくて。
――1行書くのに1日どれくらいかけていたんですか?
ACE COOL:2時間くらい。もっと書けたけど、あえて止めて翌日に持ち越してました。書きながら“武道館”ってワードもこの後入れるんだろうなってなんとなくわかるんです。でも今は目の前のラインに集中しようと。
――ビートを聴きながら書いていたんですか?
ACE COOL:はい。やはり大前提としてフローがあるので、そこにはめていく感じです。ビートを聴いた時点で大体どんなフローになるかは想像がつくけど、そこで何を言いたいか、さらにどうやって(フローに)はめ込むかっていう作業がすごく難しかったですね。言いたいこととフローが合わないと成立しないですし。特に最後の“そう昨日と今日 帰路”とか“そう白の裏に黒”のところは本当に苦労しました。『明暗』の結論にあたる部分なんですけど、それがはっきりとしたものじゃないってニュアンスを出して、かつ韻を踏んで、グルーヴを出して、フロウにはめるという。
アルバムとして統一感のあるサウンドにしようと思った
――サウンド面だと今作はジェイムス・ブレイクを意識されたそうですね。
ACE COOL:意識したというか、シンプルに好きなんです。特に「オーバーグロウン」の暗いピアノと電子音が鳴ってる感じ。僕が何回も聴くのはああいう暗いアルバムが多いです。読書のときはピアノだけの音楽を聴いたりしますし。「GUNJO」の反省点として、サウンドに一貫性がなかったんですよね。だから今回はアルバムとして統一感のあるサウンドにしようと思ってました。
――アルバムで多くの曲をプロデュースされたyahyelの篠田ミルさんとはどのようにつながったんですか?
ACE COOL:今作はジェイムス・ブレイクの「オーバーグロウン」っぽいサウンド感でいきたいんだという相談を、相方で、ミックス・エンジニアのAtsu Otakiに相談したんですね。そしたらOtakiがRinsagaというラッパーの制作で知り合ったミルくんが良さそうと紹介してくれて。最初に『虚無主義』を作ったんですが、これがとにかく難しかったですね。
――どのような面が?
ACE COOL:お互いのいいところを残しつつ、ヒップホップから離れすぎないようにすることですかね。求めるものを擦り合わせるために、Otakiのスタジオ・EVOELに何度も集まって話し合いながら作っていたので、『虚無主義』に関しては完成まで2〜3年かかってしまいました。
――『虚無主義』のリリックは別で進めたんですか?
ACE COOL:原型となるトラックがあったので、そっちでリリックを書きながら、『原因』や他の曲も同時並行で進めていました。
みんな思っててもあえて口には出さないこと
――今作は個人的にパンチラインが満載だったんですが、中でも『中庸』の“相手の話題すぐ遮らない”にくらいました。僕はこれを無意識にめっちゃやってたんで、この曲を聴いてから「人の話をちゃんと聞くこと」にものすごく意識的になりました。
ACE COOL:ありがとうございます。
――『中庸』に限らず「明暗」はACE COOLさんが自身の内面と深く向き合ったからこその説得力があると思うんです。内面と向き合い続ける作業は苦痛にはなりましたか?
ACE COOL:大変だったけど、苦痛というよりは楽しかったですね。小説でもそういう作品が好きだし。代表的な例だと、太宰治の「人間失格」の中に、主人公の葉蔵が幼少期に道化を演じるシーンがあって。鉄棒でわざと転んでクラスのみんなは笑ってるけど、1人にだけ「わざと転んでたよね」と指摘される。そういう描写が好き。『自己没頭』の”会話が理解できてないのに 合わせて笑ったりした”はそういった表現をやってみました。こういうのってみんな思っててもあえて口には出さないじゃないですか。
――確かに。
ACE COOL:微妙な心の動きってあまりラップでは描写されないけど、僕は逆に面白いかなと思って。
――確かにラップは他の音楽より言葉の数が多いから、ミクロな場面も細かく表現できますね。
ACE COOL:そうですね。あとはこう思ったけど、やっぱ違った、とか。それを『中庸』や『明暗』でやってみたり。なんか痒いところに手が届くみたいな。
――そういう気持ちで聴いてました。
ACE COOL:ありがたいです。一般的にはラップってパンチラインを意識するじゃないですか。バンガーには(パンチラインへの意識は)必要だけど、そうすると細かくストーリーテリングできなくなる。なので今回のアルバムは逆にそこを徹底的にやった感じです。『羨望/嫉妬』では、なぜそういう思考になっていったのかを丁寧に描きました。でもここは言っていきたいんですけど、普段からそういうことばっかり考えてるわけじゃないんです。今回のアルバムはラッセルの「幸福論」というベースがあって、そこをわかりやすく伝えるために10個のテーマを設定してます。
――「不幸をもたらす原因を歌う5曲、幸福をもたらす考え方を歌う5曲」ですね。
ACE COOL:そう。この作品を聴くと「ACE COOLはすごく暗い」とか「自虐的だ」みたく思うかもしれないけど、そうじゃなくて「幸福論」に書かれていることを僕なりに噛み砕いて理解して、さらにリスナーにも共感してもらえるようにあえて書いてるんです。
人間も、人生も完成することはない
――これまでのお話を伺っていると『興味』でガス・ヴァン・サントの「Elephant」をネームドロップしてた理由がわかりました。僕もあの映画すごく好きなんです。
ACE COOL:変な映画ですよね(笑)。超静かでリアルで。劇映画だけど完全に作り込んでない感じ。あの隙のある作りがすごく好きです。
――同時に対局にあるようなマイケル・マンの「HEAT」も出てくるじゃないですか。勝手に「すごく信用できるな」って思いました(笑)。
ACE COOL:「HEAT」みたいな王道の名前を上げるのは気恥ずかしさがあったのですが、この曲はラッセルの『幸福論』の項目にある「私心のない興味」に即して書いているので、純粋に自分の好きなものをたくさん挙げました。
――そこまで突き詰めていたら、1日2時間で1行ずつリリックを書いてたって話も納得ですね。
ACE COOL:あと「明暗」はバイトしながら作ってたんです。東京に来てから12年くらい、運送屋で配達してました。『努力と諦め』の“すっかり外も暗く なった頃 6時丁度 トラックに荷物を 積むとこ”とかはまさに働いてるときに思いつきました。常にリリックのことを考えながら働いてました。「本当はこんなことしてる場合じゃないのに」って。
――とはいえ、生活にはお金が必要だから。
ACE COOL:すごいジレンマでしたね。働いてなければ、もっと早くアルバムを出せてたと思う。また『中庸』の話になっちゃうけど、僕、埼玉に住んでたので、新宿まで埼京線で通ってたんです。“電車の中行かない我先に”ってラインはギュウギュウの埼京線の中でビートを聴きながらiPhoneで書きました。
――ちなみにバイトはまだ?
ACE COOL:去年の10月にようやく辞められました。今はラップ一本です。
――では最後に3月6日にWWW Xで開催されるワンマンライブ「明暗白日」について教えてください。
ACE COOL:「明暗」を軸にコンセプチュアルなライブになると思います。去年、渋谷のWWWで開催した「群青ノ痕」と違うところは、今回は『明暗』のミュージックビデオを撮ってくださった映像作家の山田健人さんが演出に加わってくれていることで、かなり完成度の高いステージを見せられると思います。
――楽しみですね。ちなみに次の作品に取り掛かられてはいるんですか?
ACE COOL:少しずつ作り始めてます。「GUNJO」と「明暗」がはっきりとしたコンセプトのある作品だったので、もっと衝動的なものを作りたいという気持ちがあります。思い切りラップした、ヒップホップっぽいものとか。あ、あと『明暗』について一個だけ補足したいのですが、僕はアルバムの制作を通じて、不幸の原因と幸福の原因についてずっと考えてきました。けど徐々に自分の中から、いわゆる「哲学」のように理路整然としたものじゃない、整理されてない曖昧な感情が出てきたことに気づいたんです。
――『明暗』の最後のブロックで言っていることですね。
ACE COOL:そう。つまり明るい部分も、暗い部分も両方持って生きていく。それが人間だし、人生なんじゃないかって結論に至りました。だから『明暗』なんです。タイトルは夏目漱石の「明暗」から引用しました。「誰しも未完の人生を生きていく」そういった意味が込められています。
ACE COOL
1992年生まれ、広島県呉市出身
2009年、地元の鉄工所に就職、ラッパーとしての活動を始める
2013年、活動拠点を東京に移すため上京
2020年、ファーストアルバム「GUNJO」をリリース
2023年、Red Bull 64 Barsに出演(ビート:RAMZA)、圧倒的なスキルを見せつけ大きな話題となる
2024年、セカンドアルバム「明暗」をリリース
Jinmenusagi、BFN TOKYOTRILL、DJ Ozzy、Moment Joonなど盟友らとの楽曲制作・リリースとともに、KM、LEX、OZworld、Campanella、Daichi Yamamoto、んoonなど多岐に亘るプロデューサー、ラッパー、アーティストとの共演・客演も多数。
(LIVE info)
ACE COOL ONE MAN LIVE
『明暗白日』 at TOKYO
2025年3月6日(木)
開場 19:00、開演 20:00
会場:WWW Xチケット:イープラス
宮崎敬太
1977年生まれ、神奈川県出身。音楽ライター。オルタナティブなダンスミュージック、映画、マンガ、アニメ、ドラマ、動物が好き。WEB媒体での執筆活動の他、D.O自伝「悪党の詩」、輪入道自伝「俺はやる」(ともに彩図社)の構成なども担当。
Instagram:https://www.instagram.com/exo_keita/
X:https://x.com/djsexy2000
「KENDRIX EXPERIENCE」参加申込み受付中
開催日時:2025年3月29日(土)14時〜21時(予定)
開催場所:渋谷ストリーム ホール(東京都渋谷区)
参加費:無料(事前申込みはこちらから、応募締切:2025年3月16日(日)23時59分)

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