奥華子インタビュー「ぶつかった壁は自分自身だった」
「声だけで泣ける」と称される歌声と、そっと寄り添ってくれる優しいメロディー、共感を呼ぶ歌詞で幅広い世代に親しまれている奥華子さん。約2年間の活動休止を経て、2023年5月に地元の船橋市で開催した「リスタート」というコンサートで音楽活動を再開しました。
聴いた瞬間から心をぎゅっと掴まれる奥華子さんの音楽は、どのような道を辿って生まれてきたのか。インディーズ・路上ライブ時代の活動や楽曲制作へのこだわり、リスタートに際して気づいた音楽とファンへの想いなどをお話しいただきました。
根拠のない自信で突っ走っていたインディーズ時代
――奥さんといえばピアノ弾き語りのイメージが強いですが、音楽と出会ったきっかけは何だったのでしょうか?
音楽との出会いは、ピアノを始めた5歳のときです。そのあとにトランペットも始めて、器楽部や市のジュニアオーケストラに入ったりして、音楽にはずっと触れていました。
作曲は趣味で高校時代から始めたんですが、ぼんやりと音楽で生きていけたらいいなって思っていました。音楽以外に頑張れることがなかったので、音楽大学にピアノで行こうと思っていたら、当時習っていた先生に「こんなんじゃ無理だよ」って言われて、トランペットを猛練習して音楽大学に入りました。
――高校時代に作曲を始めたきっかけは?
友人がギターで曲を作って歌っていて、自分で作って歌えるってかっこいいな!と私も真似して作ったのがきっかけです。それがだんだん楽しくなってきて、大学在学中にライブハウスで歌ってみようと思って始めた活動が今につながっている感じですね。
具体的には、高校生の時に1996年にティーンズ・ミュージック・フェスティバルというコンテストにエントリーしたら、いきなり千葉県大会まで進んだんです。それで私はいけるかもしれないって自信がついてしまって、調子に乗って勘違いし始めるんですね。
大学を卒業してからもバイトしながらライブハウスとかで歌っていて、周りのみんなが就職するなか、自分だけが取り残されている感じはあったんですけど、やっぱり「私は大丈夫だ」みたいな、根拠のない自信でずっと突っ走っていました。
もう後がないと思って路上ライブを始めた
現実はそうもうまくいかなくて、やっぱり根拠がない自信では全然駄目でした。いろんな人との出会いを繰り返していくなかで、今の事務所の社長に出会ったんです。そのときに「本当にそんなにすごいんだったら、もうとっくに売れてんじゃないの? 自分の作詞・作曲能力、歌唱力、見た目とか、自己採点して通知表に書いてみろ」って言われたんですよ(笑)。
ひどいこと言うなと思いながら、5点満点なんて全然ないなって気づかされました。本当にそれまではなぜか自信満々だったので、味わったことのない挫折感というか、自分は駄目なんだっていうことを思い知らされたことが自分のなかでは本当に大きかったです。それからもライブハウスで歌っていたんですけど、「そんなに自分がすごいんだったら、もっと不特定多数の人がいるところで歌ってみて、その力を試してみたら」って言われて。
――それで路上ライブを始めたんですね。
路上でなんて恥ずかしいし、歌えないと思ってたんです。でもなんか悔しくて、25歳のときに路上ライブを始めました。もう後がないと思ったんですよね。追い込まれていて、路上ライブしかもう道はないんじゃないかって。
初めはとにかく人がいっぱいいるところだ!と思って、渋谷駅のハチ公口から井の頭線を渡る横断歩道の手前で歌っていたのを覚えてますね。信号待ちで立ち止まってくれていたのかもしれないですけど、結構人が集まってくれて。CDも20枚くらい売れて、全く売れないって感じではなかったんですよ。それからしばらく渋谷や新宿みたいな、人が多いところで路上ライブをやっていました。
だんだん人が集まるようになってくると警察の方に注意されたりして、ここではご迷惑をお掛けするからもうやっていけないなって思って。でも、社長には「CD売り切るまで帰ってくるな」って言われていたんです。そのときまだCDが40枚くらいあって。
地元は知り合いもいるだろうし嫌だなと思ってたんですけど、背に腹は代えられず津田沼駅でやってみたら、すごい反響だったんですね。全員立ち止まってくれてるんじゃないかっていうぐらいどんどん人が止まってくれて、CDもどんどん買ってくれて。
渋谷とか新宿って、どこかに向かっている人や忙しそうな人が多くて、歩く速さも全然違うんですよね。津田沼は静かで、周りの音があんまりない分、音がどこまでも届くというか。なにより、津田沼は地元だからっていうよりも、やっぱり人が帰ってくる駅なので、電車から降りて家に帰る途中にふと聞こえてくる音楽っていうところに自分の音楽が合っていたのかなって思います。それからはもう「路上ライブをやるなら、人が住んでいて帰ってくる駅だ!」と思って、津田沼だけでなく柏とか船橋とか、千葉県を中心に路上ライブをやるようになりましたね。
帰宅時間の18時ぐらいから終電ぐらいまで歌っていたんですけど、3曲歌ったらCD売って、また3曲歌って。どんどん人が入れ替わるので毎回はじめましてなんですね。初めのころは本当にゲリラ的にしかやっていませんでした。もちろんファンの人もいないですし、すごい新鮮でしたね。
作曲は「真っ白な画用紙に絵を描く」ようなこと
――自分の曲を作るときとCMや楽曲提供など依頼を受けて作るときとでは、どういった違いがありますか?
楽曲提供の依頼をいただくときは、失恋とかファンの方への感謝とか、いろいろなご要望があるんですけど、大きいテーマとしては「奥華子さんっぽい曲で」という感じで、奥華子っぽさを求めてくださることが多いですね。初めは、奥華子っぽい曲ってあるんだな(笑)と驚きましたが、自分らしさを出していいっていうことがすごく嬉しかったです。自分の曲を作るときよりも開放的に書けますし、依頼のときはあらかじめ方向性が決まっているので、作業に向かいやすいですね。
自分の曲だと真っ白な画用紙に絵を描く感じなので、1から何を描こうかなと考えなきゃいけなくて本当に難しいです。曲を作り始めたころは湧き出るようにバンバンできていたんですけど、どんどんネタもなくなってくるし(笑)、どうしても自分の好みというものがあるので同じような曲になっちゃうんです。こういう曲は既にあるなとか、これもう言ってるな、ちょっと違うことを書かないとな、って迷ってしまって。
とはいえ、曲を作るときには印象に残るフレーズが、1曲の中に1個でもあればいいと思っています。これはこだわりというか、自分の中でずっと思ってることですね。この1フレーズを言うために、どういうふうな言い回しをしたら伝わるかなと考えて書くことが多いので、まずは言いたいことを単語で紙に書き出しています。
こういうことを歌いたいっていうテーマが決まったら、その次はメロディーです。ほとんどの曲は歌詞よりもメロディーが先ですね。たとえば、ちょっと悲しい曲、切ない曲を作りたいと思ったら、切ない!ってイメージをしながらピアノに向かってポロポロポロポロ弾きだします。
稀にフレーズと歌詞が同時に浮かんできて、「あぁこのフレーズいいな」ってサビから作って、そこから広げていくこともあります。
たとえば『笑って笑って』はサビのフレーズからできた曲で、サビが「和」っぽくていいなとか、「笑って」っていいなとか、あんまり深く考えずにできましたね。
前へ進む勇気を与えてくれる優しく綺麗な楽曲。繰り返される「和」なメロディーが心に残る。
ピアノ1本でも伝わる音楽を目指している
――やっぱり、幼少期からやってきたピアノで音楽が生まれているんですね。
ピアノがないと曲はできないですね。どういうピアノで作るかによって全然違うんですよ。生ピアノで作るときと電子ピアノで作るときで、できる音楽は全然違います。
どっちで作るかはそのときの気分で決めます。たまたま今日の気分が生ピアノだったら生ピアノ。響いてくる音でイメージを広げるので、弾けないんですけど、もしギターで作ったらこれまでと全然違う曲ができると思います。
――楽器編成やアレンジはどのように決めているんですか?
基本はライブで再現できるようにしたいので、弾き語りで成立する曲がいいなって思っているんですね。ピアノ1本でも伝わる音楽、言葉というか、そこを目指しているので、ピアノだけでまず作り込んで、そこからアレンジをどうしようかってなります。
Pro Toolsで自らアレンジしたりもするんですけど、難しそうなときはアレンジャーさんに発注します。ただ、発注するときも言葉だけで伝えるのはとても難しいので、何となくでも自分でアレンジのイメージを作ってから発注することが多いです。
――Pro Toolsはいつ頃から導入されているんですか?
元々社長がレコーディングエンジニアということもあって、私は最初、Pro Toolsの作業は見るだけだったんです。でも、レコーディングのときに下手くそで一発で歌えなくて、夜中にスタジオで一人朝まで何回も何十回も歌って、編集も一人でやっていたら自分でできるようになりました。なのでデビューのときにはもう一人でやっていましたよ。
でも正直いまもよくわかってないんです。歌の波形を選んでここだけもう1回録音、って感じですね。アレンジはキーボードの内蔵音源だけでやってるんですよ。ドラムも全部手弾きです。
――影響を受けたアーティストはいらっしゃるんですか?
学生時代、シンガーソングライターを意識し始めたころ、小谷美紗子さんのデビューアルバム『PROFILE -too early to tell-』がたまたまCD屋さんの試聴機に入ってて。ちょうど弾き語りを始めたころだったんで興味を持って聞いてみたら、それはもうめちゃくちゃ衝撃を受けて、アルバムを最後まで聴いてぼろ泣きして。「こんな音楽があるんだ」っていう初めての経験でした。
インディーズの頃から大切にしている御守りのような2曲
――奥さんの楽曲はJASRACのデータベースで200曲登録されていますが、その中で特に思い入れのある曲はありますか?
え!そんなにあるんですか!170曲くらいだと思っていました(笑)。
代表曲の『ガーネット』と『変わらないもの』は自分のなかでターニングポイントというか、あの曲があったおかげで、たくさんの人に出会えたなっていう大事な2曲です。
劇場版アニメーション「時をかける少女」の主題歌。映画とリンクした友愛をテーマに書かれた青春を感じさせる楽曲で、短三度上がるサビの転調は気持ちが晴れていくような爽やかさがある。
同映画の挿入歌。青春の儚さを描いた切ない曲調の中で、時を超える思いの強さを感じる楽曲。
あとは、インディーズの頃の『小さな星』と『涙の色』も思い出深いです。この2曲は路上ライブで凄い立ち止まってもらえた曲で、この曲が入っている「Vol.2」っていうCDが売れていなければ今はなかったかもしれないなって思います。だから、この2曲は自分のなかの御守りみたいな曲です。
恋人を想う切なく不安な気持ちを歌った楽曲。サビの言葉の繰り返しが想いの強さを感じさせる。
恋人との別れを歌った楽曲。サビの跳躍が溢れるほどの思い出をドラマティックに映し出す。
路上ライブのときは、駅に帰ってきた人がちょうどサビを聴けるように、電車が来るちょっと前から歌い始めるんです。人の波とサビが合致したときは「なになに!?」って人がどんどん増えてきて、それを繰り返していると「またやってるね」って覚えてもらえて。この2曲を歌えば立ち止まってもらえるっていう自信につながりました。
1日400枚、多いときで500枚近く売れて、たまたま柏駅の路上ライブを見たCDショップの方が「すごい子がいる」とポニーキャニオンの方に『花火』のCDを渡してくれたらしくて、それがきっかけでポニーキャニオンの方からデビューのお話をいただいたんですね。なので路上ライブをやっていなかったらデビューもしていなかったと思います。
インディーズ時代1枚目のシングル。胸に焼き付いた思い出と約束を歌った切ない楽曲。
――先日のライブでは、『ガーネット』のおかげで今の若い子たちも自分のことを知ってくれている、というお話がありました。
自分が作ってきた音楽が今の若い子にも通用することが、ただただ嬉しくてすごくありがたいです。恋愛する気持ちとか、失恋したりとか、人生のことを思い悩んだり、それって世代は関係ないと思うし、今後もやっぱりそういう曲を作りたいなっていうモチベーションになりますね。
私は、恋愛って人生においてかなり大事なものだと思っていて、そういうテーマの曲が多いんです。いろんな人との関わりがあるなかで、一対一でその人を知るって恋愛じゃないとなかなかできないことだと思うんです。人を知るって自分を知ることだから、自分をさらけ出して自分の駄目なところを知ると人にも優しくなれるかなって思うんですね。
「本当の優しさ」って何だろうみたいなこともずっとテーマにあるかもしれません。恋愛していても、表面上のわかりやすい優しさじゃなくて、あえて言わないことの優しさとか、目に見えない優しさとか、本当に相手を想うことってどういうことかなって。あるとき、自分の曲の歌詞を見返したら、「優しさ」のことばっかり書いてるなって思いましたね。
リスタートして気付いた、「ありがたい」という気持ち
――今まで作った曲の歌詞をあらためて見返したんですか。
デビューしてから自分の曲を聴くことってあまりなくて。休んでる間も、人の曲も自分の曲もあんまりインプットしたくなくて、何も聴きたくなかったんです。ピアノも全く触ってなくて。そんなことシンガーソングライターとして活動してからは初めてでした。
でも、活動休止からもう1回頑張ろうって思ってからは、なんだか自分の曲が聴きたくなって。聴いてみたら「良い曲じゃん!」って、休んだことで全部が新鮮に聴けて、自分を認めることができたと思います。
――ラジオ番組(bayfm「奥華子のLagan de Talk!+」)も再開されましたが、どこか新鮮な気持ちもあるのでしょうか?
新鮮な気持ちもそうですし、やっぱり全てがありがたいなって思います。
今までずっとどこか責任感というか、もっとファンの方や周りの人の期待に応えなくちゃ、っていうプレッシャーがあって、それに応えられていない自分が嫌になって、前向きになれなかったんだと思います。でも、活動休止していてもファンの方は待っていてくれて、帰ってきたら「お帰り」って迎えてくれました。勝手に責任を感じて、勝手にいろんな気持ちを受け取ってしまっていたのに、ただただみんな優しく包んでくれていたんだなっていうことをすごく感じて、なんてありがたいんだろうって思いましたね。
いろんなことが日々あるなかで、こうやっていま普通に日常を送れていることもありがたいんです。普通がどれだけ特別なことなのかとか、日常がどれだけありがたいことなのかっていうことも、強く感じています。
――活動再開後、新曲を2曲も発表されて驚きました。
『奇跡のかたまり』は、純粋にファンの方がいてくれてありがたいっていう気持ちを曲にして伝えようと思って、リスタートコンサートの最後の横浜公演に向けて作りました。『宝石』は、自分が何度でも立ち上がれる、駄目だと思ってももう1回頑張れるっていう、自分に対しても、誰かに対しても応援歌になるようにと思って作った曲です。
――これまでは、他の人のために頑張ろう、という曲が多かったように思いますが、『宝石』は「自分のために」という奥さんの決意のようなものを感じました。
確かに今までは、誰かのためにだったら頑張れる、っていうことがテーマの曲がすごく多かったですね。自分のためにはなかなか頑張れないけど、誰かのためだったら頑張れるよねっていう。
デビューシングル。「自分のためには頑張れなくても誰かのためだったら頑張れる」というテーマで描かれている。
だけど今回、いろいろ経験して、悩んで、休んで。他人に「こっちだよ」って言われても、自分が行きたいのはどっちなんだろう?って考えたときに、最終的にぶつかった壁って自分自身だったんです。自分がどうしたいか、自分がどう生きたいか、どんな未来を歩みたいのかって自分で決めないと楽しくないなと思ったし、自分を褒めてあげないと、自分を好きでないと、誰も好きになれない、誰も愛せないなってすごく思って、そこを伝えたいなと思って作った曲ですね。
『宝石』もサビの部分からできたんです。「Let’s start again.自由になれ」でパッと晴れやかな気持ちになりたいっていうところから始まって、「誰のためでもなく自分のために」っていうフレーズが自然と出てきました。
実は、活動休止してる間にVTuberに誘われたことがあるんですよ。
表に出たくないのであれば、こういうのもあるよって。声だけ編集すれば奥華子ってわからないし、バレたらバレたでいいんじゃない?って言われて。誘ってくれた方もすごく心配してくれていたからこそ、向いていると思うって提案してくださったんです。今はそういう道もありますもんね。スタジオの中で完結して、音楽や映像をファンの方に届けるって。でも自分はどうしたいか?って考えたときに、直接会いたいんだなって。やっぱり自分の声で、自分という人間から聴いてくれる人へ直接届けたいんだっていうのをそこで認識したんです。
CDだけ作りたいわけでもないし、音楽を作りたいわけでもなくて、究極的には誰かと関わりたい、そのために歌を届けたいんだって。根本的なことに気付かされました。
――今後の目標やこれから挑戦していきたいことはありますか?
今までずっと目標がなかったんですよね。目標なく、とにかく目の前のことをがむしゃらにやってきたら、もう10何年経ってたみたいな感じだったんです。
でも今は、来年のデビュー20周年で集大成のライブができるようにって思っています。リスタートをしてからまだ全国には行けていないので、今年はその種まきじゃないですけど、行けるところは行きたいなと思いますし、曲を作っていっぱい人と関わりながら生きていくことが目標です。
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【プロフィール】
奥華子(おくはなこ)
千葉県船橋市出身。キーボード弾き語りによる路上ライブの驚異的な集客が話題となり2005年にメジャーデビュー。2006年公開、細田守監督の劇場版アニメーション『時をかける少女』の主題歌『ガーネット』、挿入歌『変わらないもの』で注目を集める。
”声だけで泣ける”と称される唯一無二の歌声、聴いた瞬間から心に染み入るメロディと歌詞は、老若男女問わず幅広い世代の人から支持されている。■奥華子 Official Web Site
http://okuhanako.com/
■奥華子 公式X(旧Twitter)
https://twitter.com/okuhanako
TEXT:KENDRIX Media 編集部
PHOTO:和田貴光
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