作詞家・作曲家として新しいミュージカルを創る(前編)
~ミュージカル俳優・西川大貴/ジャズピアニスト・桑原あい

西川大貴と桑原あい。
一方はミュージカル俳優として、一方はジャズピアニストとして、両ジャンルのファンの間では既にその名が知れ渡っているプレイヤーだが、この二人が作詞家・作曲家としてタッグを組み、国産のオリジナル・ミュージカルを制作していることは、それほど知られていないのではないだろうか。
西川大貴が運営するYouTube「クロネコチャンネル」の動画群をつぶさに視聴すれば、コロナ禍の2020年から制作がスタートしたソングサイクル・ミュージカル*『雨が止まない世界なら』のアルバムリリースまでのプロセスと、2022年のリリース後から現在までの動き、さらにこれらと並行して進められた合同会社黒猫という法人設立の動きには、ミュージカル界のビジネスモデルや権利に関する課題への対応も内包されていることを知ることができる。
*ソングサイクル・ミュージカル: ある1つのテーマに沿った楽曲群(1曲1話完結)でストーリーを紡いでいくオムニバス形式のミュージカル
権利のDXを志向するKENDRIX Mediaとしてもその詳細や背景を深掘りすべく、多忙な両名のスケジュールを頂戴し、インタビュー取材を敢行させていただいた(全2回の1回目/ 後編 へ)。
左:西川 大貴(にしかわ たいき)
俳優・クリエイター。
1990年8月30日生まれ、東京都出身。
タップダンスを武器にミュージカル『アニー』でデビューした後『レ・ミゼラブル』『ゴースト』など数多くの舞台に出演。2019年にはミュージカル 『(愛おしき)ボクの時代』の脚本・演出を担当した。2020年にYouTube「クロネコチャンネル」を立ち上げ、俳優同士の対談などミュージカルに関する様々な企画を配信している。2022年には『ミス・サイゴン』にトゥイ役で出演。同年、ソングサイクル・ミュージカル『雨が止まない世界なら』アルバムをプロデュースし発売。2023年、ヨルシカ LIVE TOUR「月と猫のダンス」に演出協力・出演で参加。同年「合同会社黒猫」を設立。
右:桑原 あい(くわばら あい)
ジャズピアニスト・作曲家。
1991年9月21日生まれ、千葉県出身。
これまでに、Will Lee & Steve Gadd とのトリオアルバム、Walt Disney Recordsより全編ディズニー楽曲のカバーアルバムを含め、11枚のアルバムをリリース。Quincy Jones Production プレゼンツの単独公演を成功させる等、国内外で活動。テレビ朝日系報道番組「サタデーステーション」「サンデーステーション」のオープニングテーマも手掛ける。2022年9月、デビュー10周年記念アルバムとして、桑原あい ザ・プロジェクト『Making Us Alive』を発表。『(愛おしき)ボクの時代』(2019年)、『雨が止まない世界なら』(2022年)、朗読劇『はじめての』(2023年)等の音楽を担当、『エリザベス・アーデンvs.ヘレナ・ルビンスタイン -WAR PAINT-』(2023年)の音楽監督を務めるなど、ミュージカル作品との関わりも深い。
タップとエレクトーン、アルゴミュージカルで共演
――お二方のこれまでの活動には随所に交差するところがあったかと思いますが、いわゆる原体験みたいなところから教えてください。
西川:子供の頃に体操教室でタップダンスを教わっていたのですが、もっと本格的に習いたいと思うようになり、タップダンス専門の教室に通い始めました。そこにミュージカル『アニー』に出演していた女の子がいて。”2001年からは男の子も出演できるらしい!”ということで先生が履歴書を送り、訳もわからずオーディションを受け…みたいな流れで舞台初出演ということになりました。
当時は、他の子と違ってタップ以外の歌やダンス、バレエが全く踊れないことですごく疎外感を感じたんですよね。でもその後小椋佳さんが主宰していたアルゴミュージカルに参加したりする中で、徐々に舞台の楽しさにハマっていきました。桑原ともアルゴで2004年に出会いましたね。
桑原:アルゴで出会った当初、大貴は「歌は好きじゃない」感をすごく出してたよね(笑)。
西川:声にコンプレックスがあったし、2004年はちょうど声変わりのタイミングが被ってたの。だから好きじゃない感が余計出てたんだとおもう(笑)。
桑原:そのアルゴミュージカルの演目の中で、タップとエレクトーンの掛け合いのシーンがあったんです。エレクトーンは足鍵盤があるので、お互いの足元にフォーカスするという場面で。当時私はエレクトーンをプレイする上で、特に足鍵盤に命をかけてる女だったので(笑)嬉しかったですが、エレクトーンは音色も変えられるし音程も出るのに、大貴はタップ板に乗って足の動きだけで音もリズムも変えてすごいなと思っていました。当時は自信満々な人に見えていたので(笑)印象的でした。
――桑原さんがアルゴミュージカルに入ったのはどういうきっかけで?
桑原:小さい頃からセーラームーンのミュージカルや劇団四季の『キャッツ』とかに連れて行ってもらっていて、”ミュージカル”というものは大好きでした。小学5年生の時にアルゴミュージカルの『誰もがリーダー 誰もがスター』も観ていて、よく覚えています。それには大貴も出演していました。
アルゴミュージカルは『ユー・ガット・ア・フレンド』という作品から、カラオケ音源ではなくキッズがエレクトーンで生演奏しています。その公演で声をかけていただいたのが、私がアルゴミュージカルに参加したきっかけですね。うちは姉妹でエレクトーンをやっていました。2番目の姉と私を推薦してくださった方にはすごく感謝しています。
小学2年生の時からずっとコンクール一筋で、とにかく一位を取るためだけに練習していたのですが、中学1年生の時に初めてアルゴでミュージカルを経験して、皆で作品を作ることの素晴らしさを知りました。
ジャズに目覚めたのは小学5年生の時ですが、本格的にジャズピアニストになろうと思ったのは高校1年生の時です。
西川:僕は舞台、桑原はジャズピアノっていう全く別の道だったのでアルゴ以降は全く接点もなかったんですけど、2010年に桑原がデビューライブをするという時に、タップとコラボしたいっていうお話をいただいて。そこから今まで定期的にコラボや共作が続いているって感じですね。ピアノとタップのセッションライブもやりましたし、「かららん」という音楽ユニットを立ち上げてアルバムも2枚リリースしましたし。更にそこから、桑原も劇伴とか映画音楽に興味があるというのは知っていたので、「次はミュージカルを一緒に作ろう」と。それが2019年の『(愛おしき)ボクの時代』ですね。
桑原:私は、実はジャズより先に出会ってるのがミュージカルなんです。ただ”自分がやる”とのめり込んだのがジャズだったんですね。19歳で初めてライブをやると決めた時、ミュージカルのようないわゆる”SHOW”を演りたかったんです。”全部オリジナル曲で、物語をつけて、タップと一緒にやろう!”と思いついて、すぐに頭に浮かんだのが大貴でした。連絡がついた時はすごく嬉しくて、バス停でバスを待ちながら喜んだことを鮮明に覚えています(笑)。
「自分の音楽とは何か」ということをずっと探していますが、私の中でそれはジャズをやる時もミュージカルをやる時も、どんな時も、常に考えていることですね。
大学進学とドイツでの武者修行、いまに繋がるそれぞれの歩み
――いきなりミュージカルではなくて、まずは「かららん」という音楽ユニットをやられたのは?
西川:当時は自分らでミュージカルを作ろうなんていう発想がなかった。アルゴのときに和製ミュージカルに触れてはいたけれど、今になっていろんなことが徐々に繋がってきて、舞台作ろうか…ってところに至るという感じですかね。
桑原:でも大貴さんは、立教大学の演劇サークルで脚本書いてたんですよ。なんか賞取ってたよね?
西川:賞は高校のときだね(笑)。学生演劇もやってました。
――桑原さんは大学には進まずに、高校卒業からすぐ音楽の現場に入られたんですよね。
桑原:はい。私は高校で音楽史を勉強していた時に「世界史を知ればもっと面白いはずだ」と思って。たとえば「世界史的にこういう状況だったから、ここでこの音楽が生まれた」とか。でも音楽史はわかるのに、それまで歴史の勉強をサボっていたせいで(笑)世界史になった瞬間にこんがらがって時代をうまくリンクさせられない自分に腹が立って、高校2年生の時に真剣に勉強に取り組んだ時期がありました。大学に行くなら音楽ではなく、勉強で入りたいと思っていたんです。家のピアノに「勉強できるまで弾きません」って張り紙したこともあったな(笑)。ただ実際勉強すると、いろんなことを学べて、今まで知らなかったことにも興味を持つようになって…、そうしたらそれで満足してしまって、結局音楽がやりたくて、「よし現場に出よう」となってしまいました。
――好きなものに突き進めるのも才能だと思います。
桑原:どうなんでしょう。そもそも音楽は「始めた時」を知らないんです。おそらく4歳ぐらいからヤマハ音楽教室に通わせてもらっていて、自我が芽生えたときには既に弾いていて。だから終わらせる理由がないんです、始めてないから。「突き進んでてすごいですね」とかよく言われるんですけど、「ここしかないから行くしかない」みたいな感覚です。
――桑原さんが2013年後半から1年以上に及んで曲が書けないというスランプに陥ったとき、クインシー・ジョーンズさんと出会って救われた、というお話を拝見しました。悩みながらも演奏は続けられていて、海外のコンクールにまで参加されていたのが不思議でしたが、そもそも「辞める」という選択肢がないとお聞きして合点が行きました。
桑原:とにかく私は周りの方々に恵まれています。エレクトーンとピアノって、一緒なのは”鍵盤楽器である”ことくらいで、タッチも違えば、弾く上で必要なノウハウとか、何から何まで違う。中学2年生の時にエレクトーンをやめてすぐにクラシックピアノの先生についたのですが、バッハの「インベンション」さえまともに弾けないところから始まりました。あまりにも辛くて、辞めたくなったことも何回もあり、もう骨折してやろうと思ってピアノに手を打ち付けたりもしたんですけど(笑)、先生はレッスンのたびに私を褒めて、やる気を起こさせてくれて、どうすれば私が楽しくピアノを弾けるか、続けられるかを常に考えてくれました。恩師ですね。
大学へ行かず、アメリカの「ヤングアメリカンズ」という団体がディナーショーのピアニストを募集していたのに応募して、4か月間ドイツ公演に帯同しました。日本に帰ってきて、音楽で生きていくにはとにかくCDを出さねばと思い、まず自主制作でCDを作りました。そのCDを並べて吉祥寺で路上ライブをしていたら、突然「あなたのアルバムをタワーレコードで売りたい」と声をかけられたんです。突然すぎて混乱して、たくさん質問して、それこそJASRACのこともその時初めて教えてもらったんですけど、全ての質問にしっかり答えてくださったので、信頼してお願いすることにしました。あの時の出来事がなければ私のデビューはいつになっていたかわかりません。声をかけてくださった方は、当時から今までずっと、マネージャーをしてくださっています。
ジャズピアノの楽しさがわからなくなった時はジャズピアノの先生が乗り越えさせてくれたし、デビューして突っ走ってダメだった時はクインシーが助けてくれた。何かがあると、絶対に誰かに出会わせてもらっている人生です。本当に感謝しています。
コロナ禍の救いとなったミュージカル創作
――そういう節目で、西川さんが与えてくれる影響も大きかったりするのでしょうか。
西川:それは大いにあるでしょう。ねえ?(笑)。
桑原:…(笑)。一番影響があったのは『雨が止まない世界なら』を作曲した時ですね。コロナ禍になって、音楽界も止まって。私は割とポジティブに考える性格だと思うんですけど、全然ポジティブになれなくて。自分もこのまま淘汰されるのかな、みたいに考えちゃって。ピアノを練習する気にもならなくて、本当に1か月くらいボーっと愛犬を撫でるだけの生活を送っていました。
そんな時に大貴から電話がかかってきて、「今の状況を雨が止まない世界に例えて、ソングサイクル・ミュージカルを作ろうと思う。曲を書いてくれないか?」って。何だかよくわからないから「とりあえず台本送って」って電話を切って、台本を読んだら、「ああ、すごく良いな」って素直に思ったんです。今までの大貴の詞の中でも一番と言って良いくらいスッと言葉が入ってきて、これは書けるぞとすぐにイメージが湧きました。曲ごとに主人公が変わる作品なので、色んな登場人物になりきって曲を書くことを楽しみつつ、桑原あいとしての心も大事にしながら、ちょっとずつ元気になっていきました。大貴が声を掛けてくれなかったら、音楽を作ることを続けられていたのだろうか?と今でも思います。創作する意欲をすごく引っ張ってもらって大感謝しています。
西川:ああ〜。いい話ですね〜(笑)。
< 後編 へつづく>
ソングサイクル・ミュージカル「雨が止まない世界なら」コンセプトアルバム
2022年6月30日 CDリリース(ご購入はこちらから)
2023年7月1日~ 配信リリース(配信サービス一覧)
TEXT:KENDRIX Media 編集部
PHOTO:和田貴光

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