スマホによるライブ撮影の現状を整理する(前編)
〜クリエイティブマン代表・清水直樹さんに聞く
フェスの本格シーズンがやってきた。
新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが、季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行され、エンターテインメントの各現場でも、コロナ禍前と変わらない光景が戻りつつある現在。
ライブの現場に参加する機会が戻り、とにかく喜ばしい限りの毎日であるが、あるモヤモヤした気持ちも戻ってきてしまった。
それは「スマホによるライブ撮影」問題である。
あえて「問題」としたが、何が問題なのかといえば、出演者ごと、主催者と出演者、さらに観客同士でその是非に関する認識のズレがあり、しばしば混乱が生じていることである。
そこで、「スマホによるライブ撮影」の現状を整理したうえで、今後の方向性も検証してみたい。
前編は主催者の立場から、サマーソニックを主催するコンサートプロモーター、クリエイティブマンプロダクションの代表取締役社長・清水直樹さんにお話を伺った。
なお、後編は法律家の立場から、モノリス法律事務所の代表・河瀬季弁護士のお話である。
株式会社クリエイティブマンプロダクション
代表取締役社長 清水直樹
グローバル・エンタープライズ、ウドープレゼンツ、バンプランニングを経て、1990年、クリエイティブマンプロダクションの立ち上げに参加。1997年、32歳の若さで同社の代表取締役に就任。
2000年に日本初2大都市同時開催フェスの「サマーソニック」をスタート、その後も数々のフェスを立ち上げる。
コロナ禍に設立された、海外からアーティストを招聘するプロモーター10社が参加する組織「インターナショナル・プロモーターズ・アライアンス・ジャパン」(I.P.A.J.)の代表も務めている。
基本思想の内外格差
――国内のコンサートにおいて、スマホによる撮影や録画は原則禁止(※)ですが、海外ではスマホによるライブ撮影は当たり前の光景になっていますね。
※国内の主要なコンサートプロモーターが加盟する一般社団法人コンサートプロモーターズ協会(ACPC)が定める「ライブ・エンタテインメント約款」の第9条では、そもそも「客席内での携帯電話、ノートパソコン及びこれらの類似機器の使用」が禁止されている。
2017年8月にサマソニを上海で開催したときに、そうした海外とのギャップを主催者として実感しました。
上海のオーディエンスは、当たり前のようにステージの写真を撮るわけです。
日本のスタッフが必死に「ダメ、ダメ」と制止するのですが、彼らは「なんでダメなの?」とキョトンとしていて。
スマホ決済がすごく浸透していたことと、スマホによるライブ撮影が当たり前であること。この二点は、日本と相当違うぞ、ということになりましたね。
――サマソニは洋楽と邦楽のアーティストが混在しています。
海外のアーティストのほとんどはスマホ撮影をNGとしていません。もちろんイヤだというアーティストもいて、写真を撮っているオーディエンスを見つけて機嫌が悪くなったり、ステージから注意したりするケースもありますが、最近はむしろプロモーションの一環として『どんどん撮ってSNSに上げてくれ』というアーティストがほとんどです。
――最近は日本でも「この曲だけ撮影OK」とするアーティストは増えてきました。とはいえ「ライブ全編撮影OK」とするアーティストは少数派だと思います。
オーディエンス側でも、スマホ撮影に関する共通認識が、海外と日本とで異なっていることによって状況がより複雑になっています。
サマソニには海外からの来場者も多いのですが、彼らは海外のフェスと同じ感覚で、躊躇なくステージにスマホを向けます。それを見て日本人のお客さんが『このフェスはスマホ撮影OKなんだ』と”誤解”してしまうこともあるのではないかと思います。
――これだけ気軽にスマホで写真を撮る時代に、「撮影NG」を徹底させることは難しいのではないでしょうか?
NGを表明しているアーティストがいる以上、サマソニでも一律OKとは言えません。
ただしアーティストによって考え方はさまざまですし、おっしゃるとおり、数万人規模がスタンディングで鑑賞するステージで、厳格にチェックすることは困難です。
現状は、オーディエンス個々の倫理観に委ねざるを得ないところが大きいというのが正直なところです。
――清水さんは、現状を踏まえて将来の展望をどう捉えていますか。
近年は、海外のライブやフェスを経験するアーティストやオーディエンスが増えているので、『なぜ日本だけはNGなの?』という声も上がってくるようになりました。
結局、スマホ撮影OK/NGに関するスタンダードが日本と海外で真逆であることが問題をややこしくしていると思います。
あくまで個人的な予測ですが、エンターテインメントがこれだけグローバルになっている以上、近い将来、日本も世界と同様にスマホ撮影OKがスタンダードにならざるを得ないのではないでしょうか。
原則OK、例外的にNG、を実現するためのヒント
――スマホ撮影NGな海外アーティストの一例として、ボブ・ディランは2023年の来日公演で、スマホを収納するロック付きポーチを入場口で配布しました。ボブ・ディランほどの対策は取らないにしても「自分のライブでは撮影をしてほしくない」とはっきり意思表明をする海外アーティストも存在しています。
その点、日本のオーディエンスはアーティストの思いを汲んで行動しようとする人がほとんどです。
日本でスマホ撮影OKがスタンダードになったとしても、『自分のライブでは撮影せず、音楽に集中してほしい』などと意思表明することで、NG側の意向もかなり守られるように思います。
一方で、これも日本特有なことだと思いますが、標準ルール、原則みたいなものは業界団体で定めてくれないと困る、個々のアーティストに完全に委ねられると困る、という考え方もあるように思います。
さきほど、撮影OKがスタンダードにならざるを得ないのでは?といいましたが、何かきっかけがないと変わらない、きっかけがあれば一気に変わる、まさに今はそんな状態だと思います。
ライブ映像の配信に関する新たな課題
――スマホでライブの様子を撮影することと、撮影したものをSNS等で公開することは別問題だと思います。もちろん、スマホ撮影をOKにする理由として、SNSでの拡散を期待するケースが多いと思いますが、アーティストによっては、動画投稿の場合であっても、InstagramはOK、YouTubeはNGなど、より細かいルールを定めている場合もあります。
おっしゃるとおり、撮影後の拡散のことまで考えると、アーティスト側に求められる意思表示は、単なる撮影OK/NGに留まらないですね。
ライブ動画の配信という観点で少し脱線してもいいですか。
僕の中で今一番問題になっているのは、大きなフェスやライブが始まると、いまライブ配信やってますよ、という広告みたいなものがSNS上に大量発生することなんです。
サマソニはライブ配信をやっていませんが、あたかもライブ配信で観られるように謳って、あるサイトに誘導して色々な情報を吸い取るフィッシング詐欺みたいなことが行われています。
これはもう、ACPCとしてSNSの運営事業者に対して対応を求めていますが、なかなかすぐに改善しないところもあります。どうか気を付けていただきたいです。
(参考情報)
音楽ファンを狙う偽サイト・偽SNSアカウントにご注意下さい!
http://www.acpc.or.jp/warning_fakewebsites/
変わっていくルール、変わらないマナーやモラル
――今回のインタビューがきっかけとなって、海外と国内で基本ルールが異なっているという現状だけでも、オーディエンスの方にご認識いただけると嬉しいなと思います。
我々のような、洋楽と邦楽のアーティストが半々くらいで混在するフェスを主催する側としては、どちらかというと日本のアーティスト側に対して、きちんと意思表示しないと混乱が起きてしまう、ということも伝えていかないといけないのかな、とも思います。
また、撮影OK/NGというルールとは別に、マナーやモラルは普遍的なものだと思います。
スマホを掲げることで後ろの人の視界が妨げられていないか、フラッシュが演出を邪魔したりしていないか。ルールにはどうしてもグラデーションがあるなかで、こうしたマナーやモラルにも配慮されたフェスを実現できる可能性があるのは、世界的に見ても日本だけではないかと思っています。
我々としてもどうしたらより多くの方が心置きなくフェスを楽しめるのか、常に試行錯誤していかなければならないと思います。
後編は こちら から。
TEXT:児玉澄子
PHOTO:和田貴光
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