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「一人ひとり違う“あなた”に寄り添うポップス」butajiが見つめるシンガーソングライターの営み

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「1of1」とは世界にひとつしかないもの/ことを指す言葉です。この連載は日本で「1of1」な活動をしているアーティストたちにフォーカスして、活動の軸になっている信念、制作へのこだわり、ライフスタイルなどさまざまなテーマを深掘りしていきます。

今回のゲストはシンガーソングライターのbutajiさんです。STUTS×butaji名義で『Our Hearts (feat. アイナ・ジ・エンド)』をリリースしました。この楽曲はNetflixドラマ「ソウルメイト」の主題歌。butajiさんはクィアをカミングアウトしたアーティストとして、この楽曲とどのように向き合ったのでしょうか。さらに3月にリリースした約5年ぶりとなるフルアルバム「Thoughts of You」についてもしっかり話してもらいました。

文:宮崎敬太 写真:雨宮透貴

熱量あるアイナ・ジ・エンドが冷たい『Our Hearts』を歌うことの相乗効果

――今日はよろしくお願いします。

今日はここ最近で一番リラックスしています(笑)。

――ツアーもリリースのプロモーションもひと段落して。

うん。一応、次の作品について考え始めたような段階です。ゆっくりゆっくりやっていこうかと思っていますね。

――まずSTUTSさんと共作した『Our Hearts (feat. アイナ・ジ・エンド)』制作のきっかけを教えてください。この曲はNetflixのドラマ「ソウルメイト」の主題歌として書き下ろされました。

僕視点のきっかけで言うと、まずNetflix側からSTUTSさんにお話がいって。彼が作り始めの段階にいろいろ考えるなかで僕に声をかけてくれました。その時にSTUTSさんからトラックのループとドラマの脚本を送ってもらったのが最初ですね。


STUTS & butaji – Our Hearts feat. アイナ・ジ・エンド (Official Music Video)

――「歌詞とトップラインを作ってほしい」的な?

はい。「大豆田とわ子と三人の元夫」(STUTS & 松たか子 with 3exes名義『Presence』)や「エルピス-希望、あるいは災い-」(Mirage Collective名義『Mirage』)の時とあんまり変わらなくて、STUTSさんから送られてきたトラックのループに対して、最初は歌詞がない状態でメロディを歌ってみて、それを自宅で録音したものをSTUTSさんに送って、リアクションが来るという感じで進めていきました。

――アイナ・ジ・エンドさんはどのタイミングで参加されたんですか?

最後くらいですね。歌詞とメロディが完成して、「この曲をどなたに歌ってもらおうかね」という段階でアイナさんのお名前が浮かびしました。

――アイナさんありきで作っていたのかと思っていました。

実は違うんです。でも作っている段階で、STUTSさんとも女性ヴォーカルがいいかなとは話していましたね。アイナさんが作られている世界観は結構パワフルですよね。ブルージーな歌い方であったり、演歌くらいの熱力を持った節回しであったり。その熱量が『Our Hearts』の繊細で冷たさのある曲とどういう相乗効果を生むのか、すごく興味がありました。面白そうだな、聴いてみたいと。

――アイナさんとのやりとりを教えてください。

ヴォーカルのディレクションに関しては、STUTSさんからアイナさんにパラデータ(※楽曲を構成する各楽器やパートの個別ファイル)を送られる際に、僕の仮歌が入ったデータも添えてもらいました。僕としては「まあ資料程度に考えてください」というレベルですね。基本的にはアイナさんに解釈していただいてそれを本番で試してみましょう、という。

――ヴォーカルパートは3人であれこれ試しながら作っていった?

うん。本番のレコーディングは――と言っても気構えた感じでもなくて、僕もSTUTSさんもいるので「とりあえずやってみて、いろいろと考えてみましょう」という感じで進めていきましたし。あと、この『Our Hearts』は頑張って歌えるものでもないんですね。僕もSTUTSさんもアイナさんなら歌えると思っていましたが、実際は想像以上というか。アイナさんは曲が求めているものを受け取って投げ返す力のある方だと思いました。コントロールが抜群にうまい。感性が全方位に広がっている感じ。器が大きいんでしょうね。

『Our Hearts』の根底にあるのは怒り

――歌詞はどのように書かれたのでしょうか?

「ソウルメイト」の脚本にはアウティングの話があったので、そうなるとクィアをカミングアウトしている僕が作詞することに意味合いが生まれるので、まず1番最初に覚悟というか、そのことを扱うのであれば、こちらも相当意気込まないといけないし、繊細に扱わないといけないと思いました。あと自分はこれまでもいくつかプライドソングを作っていて、どの曲にも良さはあるけど毎回反省するところもあったんですね。

――どのような?

みんなが聴くことをどこまで意識できるのかな、という部分です。マイノリティであることをカミングアウトしているアーティストがこの作品に携わることでどのような効果を生んでしまうか。なんらかの影響を生んでしまう。良かれ悪かれ。そんなことを踏まえて書き始めたら、意外にもクィア色が強くない言葉が出てきました。かなりパーソナルな悩みというか、葛藤というか。……それは怒りですね。

――個人的に『Our Hearts』の歌詞はとても繊細な心の機微を歌っている印象を受けていました。

かなりリライトしたんですよね。初期の段階はもっとゴツゴツしたというか、トゲトゲした自分の中の怒りがそのまま出されているような歌詞で、それこそさっき言ったような“みんなが聴くこと”を踏まえて何度も直して、そこからSTUTSさんにも読んでもらって、さらにニュアンスの調整をして。パーソナルな部分が出過ぎていたので、そこを和らげて最終的にこの形に磨いていきました。だけど自分の中で『Our Hearts』の根底にあるのは怒りだと思っています。


「ソウルメイト」特別映像 | Netflix

『Presence』はお祭りソング

――STUTSさんとはもう何度も共演していますが、butajiさんにとってどのようなアーティストですか?

全く裏表がない人。ステージを観ていても人となりが伝わってくるというか。ちょっとした失敗やびっくりしたことなんかも全部表に出ちゃう(笑)。そういう人柄が見えるところは、(音楽への)信頼感にもつながるし。本当に彼にしかできないことをものすごい熱量でやっていると思います。

――しかもSTUTSさんは好奇心も旺盛ですよね。未知の何かに対する無限の探究心を持たれているというか。

わかります(笑)。一緒に作業をしていると「この人はなんでこんなに集中しているんだろう」と思うことがありますし。僕なんかは集中しようと思って集中できる人間ではないので本当に驚かされます。切り替えの瞬間がないくらいいきなり没頭している。脇目も振らずというか。僕なんかは人の目が気になっちゃって。集中しているポーズはよくしています(笑)。

――意外です(笑)。

正直、STUTSさんにはだいぶ影響されています。

――「”Thoughts of You” Release Tour」では『Presence』をポジティブに熱唱されていましたが、butajiさんにとってはどのような楽曲なのでしょうか?

応援歌ですかね。そんな気分で歌っていました。

――WWW公演での『Presence』は本当に高揚感があったというか、お祭りのような雰囲気で歌われていたのがすごく印象に残りました。

実際そんな感覚です。お祭りソング(笑)。あとみんなが「この曲ね」と知っているのが大きい。キャンプファイヤーを囲む時に歌う曲というか。そんな感じですね。

「阪神・淡路大震災から30年目の手記」を読んで思い知らされたこと

――今年の3月に発表したアルバム「Thoughts of You」はbutajiさんが子供の頃に被災された阪神・淡路大震災の記憶と向き合うところからスタートしたそうですね。

そうですね。阪神・淡路大震災は1995年1月17日に起こったんですが、昨年が30年という節目のタイミングだったので、兵庫県立美術館で特別展示(「1995 ⇄ 2025 30年目のわたしたち」)があったり、NHKの「ラジオ深夜便」で特集があったりしたんです。僕自身はそのちょっと前くらいにたまたま震災についての研究を行っている高森順子さんと知り合いました。厳密に言うと、以前からつながりはあったんですが、しっかりとお話しをする機会がなくて。高森さんは阪神・淡路大震災の被災者の手記を集める活動をしています。もともとは印刷業をしていた高森さんのおじさんがはじめた活動で、ある程度集まったら冊子にまとめて出版されていたんです。だけど2010年におじさんが亡くなられてしまい、姪の高森さんがその活動を引き継ぎました。

――手記は「阪神・淡路大震災から30年目の手記」(https://kiito.jp/saikanshuki/)というサイトにまとまっています。

そうなんですよ。手記はすべて匿名で、改めて読むと本当に人それぞれだったんですよ。僕の中にも“被災”の大きなイメージは漠然とありましたけど、こうして一人ひとりの体験を個別に読んでいくと、全然把握しきれない。「こんなことが一個一個あったんだ」っていう感慨を得た瞬間があったんですよ。

――ありきたりな“被災”なんてものはなく、被災した人の数だけまったく異なる“被災”があった、と。

うん。僕は5歳か6歳で被災したけど、ほとんど覚えてない。それは被災と言えるのかなっていうか。両親が良かれと思っていろいろ手筈を整えてくれたから(覚えてない)っていうのもあるんですけどね。時が経つにつれて記憶はどんどん薄れていく。決断は保留されたまま。そんな感覚があったんですよ。でも「30年目の手記」を読んで、いろんな、あらゆることがありうるんだっていうことを改めて思い知らされて。自分も自分なりでいいんだっていうか。

――『Birthday』の〔誰とも違えどそれでも真実〕に通じる気づきですね。

うん。高森さんとの出会いは「Thoughts of You」を作る上で大きなモチベーションのひとつでした。

結果が出ないことへのイライラも、全部含めてずっと一緒にやっていく

――アルバムを貫くテーマに“喪失”と“忘れてしまうこと”があると感じました。しかもそれに対して悲しみや憂いを歌うのではなく、言葉にはならないけど、自分の中に確かにある感覚に寄り添っている歌だと思います。butajiさん自身はどのような感覚で楽曲制作していたのでしょうか?

2021年に発表したアルバム「RIGHT TIME」になかったものを目指そうと思ったんです。なんだろうな……、僕の感覚からすると音楽って明言し得ないもの/ことに対して「それもあるよね」って肯定するものだと思うんですよ。音楽はそれをオッケーにしていた。今の世の中ってあらゆることを言語化しようとするじゃないですか。スピードもものすごい。“ドパガキ”とか、すごい言葉ですよね(笑)。

――リニアな時代感を象徴するようなワードです。

僕はなんでもかんでも言語化して「スッキリした」じゃなくて、スッキリしてほしくないんですよ。言語化し得ないことをずっと保留して、ずっと抱いていく。安易に結果を出さないでほしい。結果が出ないことに対するイライラも、全部含めてずっと一緒にやっていく。そのことに対して、1人に対して寄り添える。それは音楽の役割の1つなんじゃないかなと思って、今作でそういうアプローチをとりました。

――無理やり結果を出すのではなく、忘れていく過程も含めて、ありのままを受け止めるというか。

忘れたことを忘れたと思えない。だって勝手に消えちゃうから。それをつまみ出すって変なことだと思う。その意味で歌詞に関しても、意識しないことを意識するように整えて置き直すというか、そんなことを考えながら作っていましたね。

――『怪獣』の〔ああ あなたじゃないなら/ああ わたしじゃないなら/語れない言葉があること/その事実を忘れないままでいられたら/価値はここに宿る/いつの日か怪獣が目を覚ますその時に/何も奪わせはしない 願い〕における“怪獣”とは何を指しているのでしょうか?

この曲のテーマは戦争です。自分たちの言葉が奪われてしまう、蹂躙されてしまう、漂白されてしまう。“怪獣”とはそのシンボルです。イスラエルがガザ地区で行っているジェノサイドも念頭にありました。


butaji – 怪獣 (Official Music Video)

ヴォーカルをトラックに溶かしたい

――『怪獣』はツアーに参加していた樺山太地さん(G)、山本慶幸さん(B)、坂口光央さん(Key)、岸田佳也さん(Dr)が演奏されているんですか?

実はあのバンドで録音したのは『よすが』と『Birthday』の2曲だけなんです。『怪獣』はキーボードのTAIHEIさんとかが入ったバンドと初めて録音して、それをさらに僕がエディットして、ミックスして、という工程を経ています。

――どの曲もかなりしっかりと作り込まれているんですね。

そうですね。どの曲にも僕が宅録で作ったデモがベースになっています。それをバンドに演奏してもらったり、トラックメイカーに渡したりして、アレンジをまた練り直していくような作業でしたね。

――岡田卓郎さんがプロデュースされた『In silence』『Lost Souls』はどのように進めたんですか?

岡田さんについては岡田さんがパソコンで作業したものを聴かせてもらう形で進めました。

――岡田さんはbutajiさんが作ったデモをガラリと変えてしまう制作スタイルだそうですね。butajiさんはそれを知らずにオファーして、「コードだけは変えないでほしい」とお願いしたとつやちゃんさんのインタビューでお話しされていました。

(笑)。僕はコード感とトップラインのバランスに重きを置いているんですよ。でもたぶん岡田さんはコードよりもギターの音色やリズムを重視されている方なんですね。音楽における好きなところが違う。逆に良い掛け算ができたんじゃないですかね。

――岡田さん、篠田ミルさん、METさん、みなさんそれぞれかなり個性が出ていたのがおもしろかったです。

確かにそうですね。やっぱりそうじゃないとおもしろくない。みなさんの色を出してほしい。僕には僕の正解がありますけど、それぞれの正解がありますから。なんだろうな、オファーしている僕が「こうしてほしい」と言ったら、コラボレーターの方は絶対に直してくれると思うんですよ。でも僕はみなさんの良さを残したいので。僕が想定しなかった良さっていうものもあるので。僕にできることなんて、みなさんが思っている以上に多くなくて。というか、ほぼほぼない。これは前作を宅録で作ってみて思い知りました。今作のスタートはそこなんですね。本当にいろんな人に助けてもらいながら作ったアルバムだと思います。ちなみに、『Isolated blues』では僕が足した音を全部METくんに外されたこともありました(笑)。でも僕は全然OK。METくんとの濃密なやり取りも含めて、『Isolated blues』はすごく気に入っています。

――butajiさんのそういった柔軟な姿勢が、人間の複雑さをありのまま受け止めたいという今作のテーマに繋がっている気がします。

なるほど、確かにそうですね。僕の中でも今作の作り方は結構チャレンジングだったんです。バンドサウンドも初めてだし、全曲ではないんですけど、今回初めてヴォーカルのエディットや補正も自分でやってみて。特に先ごろ急逝された篠田さんと作った『so far』は、僕がヴォーカルをエディットして、そのヴォーカルを含めて篠田さんが全体をミックスしてくれたんですね。僕はヴォーカルをトラックに溶かしたいと常日頃から思っていたので、篠田さんとの作業は理想的な関係で進めることができました。でもこれってとても感覚的なものだから、これまではエンジニアさんにもどう説明していいかもわからなくて。これからもずっと一緒にやっていきたいと思っていたんですよね……。

一人の日常に向かってポップスを作っている

――アルバム「Thoughts of You」はとても繊細な作品でしたが、「”Thoughts of You” Release Tour」は祝祭のような雰囲気でした。butajiさんにとって今回のツアーはどのような位置付けだったのでしょうか?

あのバンドとはもう10年くらい一緒にやっているんです。確か2018年に出したアルバム「告白」のリリースイベントの時に組んだのかな。なんというか、今回はバンドのライブをたくさんやりたかったんです。ツアーの日程を組んだくらいからうっすらとそれが頭にあって。と、同時に「バンドってなんだろう?」とも考えて続けていました。役割というか。それで言うと、僕はポップスを作ることって、誰かの記憶の中に何かのフレーズが止まり続けて、それがいつか1人の瞬間とかに思い出されて何かの助けになる、みたいな役割だと考えているんです。それで言うと、バンド(でのライブ)やイベントのようなお祭り事って、非日常だと思うんですね。僕は日常に向かってポップスを作っているつもりで、何もない毎日に音楽が届けばいいと思っています。そうなるとイベントやツアーってどう解釈したらいいのかなっていうのがずっと腑に落ちなかったんです。でもツアーを終えた今はもっとラフに、気楽に考えて良かったんだろうなと思う。ただ「楽しいよね」でいいんじゃないかっていう。

――個々の楽器のアンサンブルにbutajiさんの歌が乗る、いわゆるオーソドックスなバンドのライブでしたが、みなさんの息がぴったりで合奏の楽しさを再認識することができました。

素直にすごく嬉しいです(笑)。

――ライブでも異彩を放っていた『黄昏』はレゲエ的に始まってフックで大きな展開がある楽曲です。この曲の制作過程を教えてください。

最初にイントロのキーボードリフがあって、あんまりこういう曲作ってこなかったなと思い一気に作り進めていきました。それで歌を乗せてみたらすごく歌いやすくて。あの曲、低音と高音だけなんです。真ん中の帯域がない。歌いやすいとヴォーカルで遊べるんですよね。そして歌っていて楽しい。そこに気づけた曲です。僕、そもそもベースミュージックが好きなんですよ。ツアーのテーマとして「ベースミュージックをやろう」というのもあったんです。

これまで歌に感情を込めてこなかった

――『さよならをいう前に』は、本アルバムの発端となったbutajiさんが被災した阪神・淡路大震災の体験と、高森順子さんとの出会いを経て「忘れてしまう」ことを受け入れた楽曲だと思いました。その上で、〔心の中で 呼びかけて/いつも確かめる/あなたには聞いてほしくて/飲み込んだ言葉は/しまったままで〕の後に入るビブラートにはどのような感情が込められているのでしょうか?

……実は僕はこれまで歌に感情を込めてこなかったんです。歌詞に込めた感情を込めると歌にならないから。僕にとってはすごく難しい。本当に泣いてしまったら歌えないじゃないですか。結局、歌って表現上のテクニックなんですよ。悲しく聴かせるのも、怒って聴かせるのも。

――……確かに。

そういう意味で、歌はエンタメなんですよね。僕自身はかなり冷静に考えています。

――では『さよならをいう前に』のビブラートではどんな効果を意図していたんですか?

ピアノを目立たせたかったんです。

――歌詞的にあの箇所は言いたかったことが言えなかったシーンですよね。

そう。あの歌唱では、歌詞の「言えなかった」という意味を強調したかった。僕は過剰な演出に対して抵抗感というか、ためらいがある。言葉を選ばずに言うと、スピリチュアルなものと距離を置きたい。だから頭の片隅でいつもテクニックを意識しているんです。技術はシンボル化されない。スピリチュアルとシンボル化はすごく近いと思っていて、僕はそこに近づきたくない。テクニックを意識しておけば、自分の考えを平均化できる。ただこれは僕なりのバランスの取り方というか考え方で、今言ったことがすべてだとは考えていません。

――スピリチュアリティには現実で説明できない事象をすべて引き受ける力があって、それはある意味、非日常であるとも言える。「日常に向かってポップスを作っている」butajiさんがそこを避ける気持ちはわかる気がします。

それはあるかもしれない。あと僕は僕よりも音楽が先に出てほしいんです。僕ではなく、僕の仕事が注目されたいというか。

平均化されたことが全員に当てはまるわけじゃない

――『remission』の〔だんだんと変わっていくから〕という終わり方がすごく好きなのですが、butajiさんはいつからこんなふうに思えるようになったんですか?

僕はずっと歳を経ていくことに対して興味があるんですよ。できないことが増えていくじゃないですか。忘れたり、体が動かなくなったり、病気が増えたり。一方で世の中では健康寿命がどうしたこうしたみたいなことが言われている。「こう生きなきゃいけない」と刷り込みに対して、そうじゃないこととの乖離が無力感を生んでいるのであれば、それは大抵「こう生きなきゃいけない」という喧伝のほうが間違っていると思うんですよ。だって一人ひとりに当てて言っていることじゃないから。これは自分が被災のナラティブに対して感じていたジレンマにも通じます。平均化してこういう傾向があるからこうしましょうということは全員に当てはまるわけじゃない。やっぱり一人ひとりに対して言っていくしかない。たとえば、30代の男性がいたとして、その人に対して、30代男性の平均値を想定して話すのはおかしい。その人はその人だからその人の話を聞いて、その人と話すべきなんですよ。

――今の世の中は効率を重視するあまりにそういったことを疎かにしている気がします。

『remission』は寛解という意味です。僕にはパニック障害があって。一般的に寛解は完璧に治るというニュアンスだけど、僕はいつかまた発症するかもしれないものとゆっくり付き合っていくというイメージを提示したかった。「完璧でありましょう」という治療目標の設定がおかしいのではないか、と。

――僕ももう10年以上鬱病と生きているのでbutajiさんのおっしゃっていることがよくわかります。そして今作が「Thoughts of You」(あなたの思い/あなたのこと)と銘打たれた意味も理解できました。

そういうことなんです。

――余談ですが、butajiさんはゲーム『Fallout』をプレイされているそうで。

ご存知ですか!? めちゃくちゃやっていて。

――僕も永遠に『Fallout 4』をソロプレイしています(笑)。

ようやく会えました(笑)。僕は『Fallout 76』をやっていました。ストーリーがものすごいんですよ。

――自分の思想が浮き彫りにされるゲームですよね。

確かに。僕は『Fallout』と出会ってからベセスダ・ソフトワークスという制作会社を追いかけ続けています。これは小野田さんとのインタビューでも話しましたけど、核戦争が起きた後のアメリカでシェルターから出てきた人たちが使用するピップボーイという携帯端末のラジオから流れてくる音楽が古いアメリカの曲(ナット・キング・コール『Orange Colored Sky』)だったりして。『In silence』はあの雰囲気にかなり影響されているんですよね。


butaji – In silence (Official Music Video)

――あと「Thoughts of You」のCD版も販売されるそうですね。

もともとツアーで販売していて、通販でも買えるようになりました。デザインは「”Thoughts of You” Release Tour」のフライヤーと、アナログ盤もデザインしていただいた畑ユリエさんにお願いしました。大量生産の良さもあるけど、少数ロットならではの手作り感を大事にしたアイテムになっています。蝋引きの封筒に入っていて、ちょっと触ると傷がついてしまうんです。折り目もすぐについてしまう繊細なプロダクトがいいなと思って。あと裏のラベルを破らないと開封できないんですね。元の戻らなさみたいなことも僕の意図を汲んでデザインしてくださいました。あとアナログ盤と同様に僕の制作日誌が入っているので、気になる方はそちらも読んでみてほしいです。

――butajiさんの今後の活動はどのようなものになっていくのでしょうか?

今作は「RIGHT TIME」とは別のものを作ろうという意識で生まれた作品なので、また「RIGHT TIME」みたいなコラボレーションに戻ってもいいなと思いますし、バンドやライブの楽しさや勢いを含めた曲ができるかもしれない。今はまだ考え始めたばかりなのでそんな感じです。自分でも楽しみな気持ちですよ。


butaji
シンガーソングライター。
幼少期からクラシック音楽に影響を受けて作曲を始める。
2013年に自主制作したEP「四季」が話題を呼び、1stアルバム「アウトサイド」、2ndアルバム「告白」を発売。
2021年にドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』主題歌「Presence」をSTUTSと共作、3rdアルバム「RIGHT TIME」を発売。
2022年にはドラマ『エルピス』主題歌「Mirage」をMirage Collective名義で発表。
2026年3月に、5年ぶりとなる4作目のフルアルバム「Thoughts of You」を発表した。
コンセプト立てた楽曲制作が特徴で、生音を使ったフォーキーなものから、ソフトシンセによるエレクトロなトラックまで幅広い楽曲制作を得意とする。

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