応援するための音楽を作る~「ジントシオ」インタビュー
千葉ロッテマリーンズ応援団長、東北楽天ゴールデンイーグルス応援プロデューサーを歴任したほか、韓国でスカバンドに所属しながらロッテジャイアンツ応援団にも所属するなど、唯一無二の実績を持つ音楽クリエイター(JASRAC信託作家)であるジントシオさんに、「応援するための音楽を作る」自身の創作活動を振り返っていただきました。
依頼者の期待に応えること
――(取材は3月5日)今日からWBCが開幕しましたね。19日からセンバツ、28日からプロ野球の開幕と野球ファンにとっては忙しい春ですが、この春見逃せない試合はありますか?
やっぱり楽曲提供している学校のことが気になりますね。
昨年は、愛知県の名城大学、高校野球ではクラーク国際、八千代松陰、県立岐阜商業、創志学園の5校に新しく楽曲を提供させてもらいました。
まずは3月に愛知リーグで名城大学の試合があるので、機会があれば直接応援しに行きたいです。
――学校に応援歌を提供するようになったのはどんなきっかけからですか?
10年前に、早稲田佐賀高校にオリジナルの応援歌を提供したことがきっかけですね。
はじめは、私が作曲した千葉ロッテの応援歌を使いたいから譜面を提供してほしいというご依頼をいただきました。そこで私のほうから「オリジナルの応援歌を作りませんか?」と逆提案して、オリジナル曲を作ることになりました。
それから10年間、各校から提供依頼が続いているということは、良い楽曲を提供できているということなのかなと思っています。
――高校野球とプロ野球では、応援歌の作り方が異なるのでしょうか。
基本的に野球って15秒ごとに1球投げるイメージですよね。
プロ野球だと、選手ごとに曲が切り替わるので、基本的には8小節で構成しています。
チャンステーマ(ランナーがいるとき等に使用する応援歌)だと、選手ごとに曲を切り替えないので、16小節ぐらいの曲を作ったりもします。
学生野球の場合だと、基本的に選手ごとで曲を切り替えず、攻撃中は同じ曲を流して応援をすることが多いです。だから長い曲でも大丈夫なんですよ。とは言え、長くても32小節ぐらいで構成するようにしています。
あとは実際に現場に来るファン、応援する人、声を出す人の温度感ですよね。
たとえば、社会人野球だと、普段野球に接することがない社員の方が応援に来るので、その方たちでも参加できるようなわかりやすさ、(応援を覚えることの)ハードルの低さを重視します。
逆に高校野球だと応援を練習する時間があるので、歌詞や動きを詰め込んでもみんな覚えてくれますね。
ただやっぱり一番大事なのは「依頼者の期待に応えること」だと思っています。
――依頼者の期待に応えるために心がけていることがあれば教えてください。
たとえば、依頼を受けるとき、あまり音楽に詳しくない方が窓口になるときがあります。
クリエイターの方は多かれ少なかれそういうことは経験されていると思いますが、そういう場合は、ある程度こちらで道筋を作るしかないので、3パターンぐらい案を作って選んでもらいます。
難しいのが、たとえばA,B,Cと案を作って、Aが一番自信あるぞと思って持って行っても、それが選ばれなかったりするんです。あとは自分の中では自信作だった曲が年月とともに使われなくなったり。
納期がすごく短かいなかで作った曲のなかには、あとから振り返るともっとこうしたら良かったって思う作品もあります。たとえば、歌詞が同じ意味の言葉を繰り返してしまっていたり。でも、そういう曲のほうが人気が出たりするんですよね。
自分のジャンルとは違うものからヒントを得る
――納期のお話だと、ロッテの応援団長や楽天の応援プロデューサーに就任された際、短期間で多くの楽曲を用意しなければいけない状況もあったと思います。そのときはどう対応されましたか?
他の方にも依頼しつつ、皆でトータル100個ぐらいの案を出しあって、そこから絞っていきました。
自分が作った曲だけになるとどうしても曲調が似てしまうので、まるっきり他の方に依頼したり、自分の曲もアレンジだけは他の方に任せたり、あるいは許可を取って既存曲をアレンジしたり、ということで対応しました。
――たとえばロールプレイングゲームのバトル曲とか、応援歌に適している既存曲のジャンルや特徴みたいなものはありますか。
ゲーム音楽は確かに親和性があるかもしれません。
千葉ロッテのときに「ロマンシングサガ」というゲームの戦闘の曲を使わせてもらったことがありました。
あと親和性でいうと、パチンコ・パチスロですね。当たりそうなときに流れてくる曲と、得点が入りそうなチャンスのときの高揚感は通じるものがあると思います。
「デコトラ」「モンキーターン」などロッテのチャンステーマはパチンコ・パチスロ曲のアレンジが多いです。
――普段はどんな音楽からインプットされてますか?
いろんなジャンルに触れることが大事だと思ってます。フェス、ライブに限らず、演劇とかものまねも。自分のジャンルとは違うものからヒントを得るということが大事かなと思います。
それで言うと、新しいものや流行っているものは1度は現場で観ようと思っています。一昨年はサマーソニックに「新しい学校のリーダーズ」を観に行きました。
あとTikTokも見ています。流行しているものをちゃんと見ておかないと若い方に提案できないですから。
――影響を受けた作家を挙げるとしたらどなたですか?
尊敬している作家さんは後藤次利さんですね(※作曲/編曲家、沢田研二「TOKIO」で第22回日本レコード大賞編曲賞を受賞。シブがき隊、おニャン子クラブなどの作曲や編曲を手がける)。
メロディーがキャッチーで親しみやすいところが好きです。ゴリゴリのヒップホップとかハードなロックとかよりも、親しみやすい曲の方が好みですね。
自分の作った曲を武道館で聞くというのは感慨深い
――「いぎなり東北産」(※メンバー全員が東北出身の女性アイドルグループ)への楽曲提供など、スポーツの応援に限らない多様な活動をされてますが、今後の活動の展望はありますか。
「いぎなり東北産」には『リライトガール』と『Trophy girl』の2曲を提供しました。
『リライトガール』は野球の応援歌の経験を、『Trophy girl』は昔参加していたバンドの経験を、それぞれ活かして作った楽曲です。
特に『リライトガール』は彼女たちのライブでよく歌われる曲になっていて、昨年の武道館公演でも歌われました。自分の作った曲を武道館で聞くというのは感慨深いものがありましたね。
バンドのときは「これが代表曲だ」という曲は最後までなかったと思ってるので。
今後の活動でいろんなジャンルの曲を作って、自分の代表曲を作りたい、バズりたいと思ってます。
――バンド時代のことを教えてください。
韓国の延世大学に留学している時に、現地のライブハウスで「Lazy Bone」というスカパンクバンドのメンバーと仲良くなりまして。そのバンドがたまたまトランペットを吹ける人を探していたので、トランペット担当として加入しました。
ちょうど2002年日韓ワールドカップが開催されたので、サッカー韓国代表の応援歌を演奏しました。先日BTSがライブをしていた光化門前でもワールドカップのイベントに出演したり、その演奏がテレビCMで使われたりしましたね。
テレビで有名になれば、それなりにお金が入ってくると思っていました。
――韓国時代の一番の思い出は?
韓国国営放送(KBS)の外国人歌合戦という番組に出演したときですね。
そのとき、テレビのスタジオの華やかな雰囲気にすごく憧れを抱きましたし、こういうところで生きていきたいとあらためて思いました。
一方で、韓国で有名な番組にいくつか出演しましたが、それだけでは収入には繋がらないこともわかりました。
バンドとしてでも、テレビで有名になればそれなりにお金が入ってくると思ってました。
でも、当時バンドは6人で、もらった出演料も6人で割ってました。その出演料だけで生活していくのは厳しかったですね。
日本に戻って、裏方の仕事をして、エンターテインメントのお金の流れ、どこでお金を稼げるのかということを学びました。
韓国にいたころは、自分で曲を作ることができませんでした。曲を組み立てて、各パートをどうするとか、何をどうしたらいいかわからなかったんです。だから自分が曲を作って、マネタイズするようになるとは思ってなかったですね。

音楽をやるだけで生活することが正しいわけでもない
――ここまでのキャリアを振り返って一番苦しかった時期はいつでしたか?
韓国から日本に戻って、韓流アイドルのマネージメント会社に入りました。ファンクラブの管理をしたり、歌手のマネージメントをしてました。
その後別の会社で、ライブ制作の仕事をしたことがあります。誰が、いつ、どこで何をするといったいろんなことを全部自分で把握して、差配する仕事でした。それは本当に向いてなかったですね。そのときが一番苦しくて、悩みました。当時、採用していただいた方には今でも申し訳なく思っています。
今は楽曲制作以外に、撮影現場の仕事もしてます。撮影機材の運搬がメインの仕事です。運搬の合間に作曲する時間も作れるので、ワークライフバランスはとても良いと思ってます。
――長い活動期間のなかで活動のバランスを模索されてきたと思います。若いクリエイターにむけたアドバイスをお願いします。
フォロワーが100万人います!というわけではないので、偉そうなことを言える立場ではないと思いますが…。自分の強みと何を求められているかを考えることが大事だと思います。
あと生活していくには何が大事なのか。結局音楽だけで生活していけない人も多いと思います。音楽だけで生活することが正しいわけでもないとも思います。
私も若い頃は何とか音楽で売れたい、音楽だけで生活したいと思っていた時期もありました。でも今はそうでもないです。
音楽だけで生活できることが「勝ち」という考え方になりがちですが、勝ちでも負けでもなく、音楽は自己表現の手段でしかないと思います。

ジントシオ
応援家、作曲者
中学生でプロ野球チーム日本ハムファイターズの応援団員となり、選手応援曲を手がける。
高校卒業後、活動の場を韓国へ移し、スカバンド「LazyBone」のトランペットを担当。プロミュージシャンとして活躍。
日本に帰国後、千葉ロッテマリーンズ応援団長や東北楽天ゴールデンイーグルスの応援プロデューサーを歴任。現代のプロ野球の応援スタイルに大きな影響を与えた。
近年はプロ野球以外にも高校野球、大学野球さらには他のスポーツ(Jリーグ、Bリーグ等)での「応援」をプロデュースしている。
著書「野球と応援スタイル大研究読本」(カンゼン)
TEXT:KENDRIX Media 編集部
PHOTO:和田貴光

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