キャリアの転機は「権利とお金の話」と「4つ打ち音楽との出会い」
[樫原伸彦インタビュー]
樫原伸彦さんは、尾崎豊さんなどのバックバンドから、編曲、プロデュース、作曲と活動領域を拡張し、ミレニアル世代・Z世代に深く愛される作品『ハッピー・ジャムジャム』『チチをもげ』の作曲も手掛けている。
JASRACが公式Twitterアカウントを開設した2023年1月、2020年にポジティブな内容のJASRAC関連ツイートで「万バズ」を達成している樫原さんにお話を伺った。(全2回の2回目/ 前編 へ)
<プロフィール>
樫原伸彦(かしわら のぶひこ)
作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、キーボーディスト、歌手
1982年からピアニストとしてレコーディングやステージで多くのアーティストをサポート。作編曲家としてJ-POP・アニメ・特撮・映画音楽等、幅広いフィールドで作品を多数提供。
主なプロデュース作品:尾崎豊『街路樹』(4作目のアルバム)、→Pia-no-jaC←の全アルバム
主な楽曲提供アーティスト:AKB48、SMAP、とんねるず、FLIP-FLAP、高城れに(ももいろクローバーZ)
テレビ東京にて毎週日曜深夜に放送中のアニメ番組「KJファイル」では、シンガーとして複数の挿入歌の歌唱を担当中。
樫原さんのキャリアのなかで、特に大きな転機といえるのはいつでしょうか。
もともとはミュージシャンとしてプレイしていて、編曲をやってみないかって声をかけていただいてアレンジャーになって、アレンジャーとプレイヤーを両方やりながら「あれ、編曲じゃ印税入らないんだな」って気付いた時ですかね。突然「権利とお金」の話になりますけど(笑)。
尾崎豊の『街路樹』というアルバムのアレンジをやったのが24、25歳の頃だったんですけど、まあ編曲ですから、著作権の印税はもらえないんですよね。
本腰を入れて作曲、メロディーメイカーのほうにシフトしようと思ったのがそれぐらいの年齢です。
自分の居場所というか環境、事務所とかマネージャーとか、そういうのもちょっと変えて、活躍する場所を変えたんです。具体的には、曲のコンペだとか、作曲の話をもらえるところに行ったっていう。そこでちょっと変わったんですね。
ぜひ若い方たちに言いたいんですけど、出世したい、ヒット曲を書けるようになりたい、っていうことに関しては、音楽のスキルなんてあんまり関係ないんですよ。乱暴なことを言っちゃうと。
自分にとって何が大事だったかっていうと、アニメとかドラマとか何でもいいんですけど、曲をエントリーできる場所にいるかどうか。音楽の上手い下手とかよりも、コネクションとか人脈とか、自分のいるポジションのほうが大事だったなって。
そこにいたから出会いがあって、その枠に曲を提出できる。どっちかっていうとそこが大事だということを、たとえば専門学校とかでももっと教えた方がいいと思います。
そういう意味では、尾崎豊さんが転機を迎えられたときに、尾崎さんのバックバンドのメンバーだった樫原さんに編曲とプロデュースで声が掛かった、というのもインパクトのあることかと思います。
それまでに心がけていた立ち振る舞いみたいなものはありますか。
雑用をたくさんやってましたね(笑)。
お節介な性格なのかわからないけど、関係ないことも面倒みちゃう癖がある。いろいろ世話焼きというか、そういうことをやっているうちに信用してもらえて。そういうのがずっと続いていると思います。
樫原さんは、職業作家というより、シンガーだったり演奏者としてもご活動されてますし、アーティストとの距離感がすごく近い感じがします。
作家の先生という感じではないですよね。
樫原さんはofficeGGWというプロダクションも運営されていて、実際に色んなアーティストやクリエイターの方が所属されています。officeGGWはいつからどういうきっかけで始められたのでしょうか。
たまたま15年ぐらい前に、自分がAKB48の仕事をやり始めたことをきっかけに、秋葉原に地下アイドルシーンがあることを知ったんですよ。
すごく裾野の広いシーンが秋葉原にあるんだなと気が付いて、面白いから知り合いのやっているところを観に行ったりしてたら、なんかちょっと盛り上げられませんかね、アイデアないですか?って言われて。じゃあ地下アイドルの子たちでプロレスやらない?って持ちかけて、ライブハウスでプロレスをやったらそれが盛り上がっちゃいまして。メディアの取材を受けるようなムーブメントになって、それでも興行的には赤字だったんですけど、やめるにやめられなくなっちゃった。
その中でちょっと光るような女の子も出てきたので、そういう子たちをさらにプッシュするために、プロダクションという形態にしようか、ということでやり始めたんですね。
ちょうどインターネットの可能性を自ら実験したい、という時期でもあったので、グラビアアイドルとか、アニメソングやゲームソングの歌い手とかをホールドしてプロモーションしていく場として作ったんです。
音楽クリエイターの方も複数在籍されていますね。
若手の作家を抱えて、教材を兼ねて実際のコンペ案件とかを毎週渡して、彼らから上がってきたものにレクチャーしてあげて、作品をブラッシュアップしたうえで提出させるようなことをやっていますね。
自分が提供できるスキルは積極的に伝えようということで、今ではちょっと作家事務所的な要素が強くなっています。
若い作家の方から樫原さんが刺激を受けることもありますか。
彼らから上がってくるメロディーで、自分はこういうところに音いかないなーっていうのは「面白いよ」って返してあげるし、「変だけど2回聞いたら面白いね」とか、そういう返しもあります(笑)。
あとサウンドなんかはやっぱり、若い人たちのほうが今のサウンドを取り入れてくるので、上がってくるトラックを聴くときはめちゃくちゃ楽しんでますね。
自分の曲を編曲してもらう、ということもやってもらっていて、そういうことを外に出さないで自分らのチームでできるのはとてもやりやすいですし楽しいです。
先日JASRACの公式Twitterアカウントというのができまして。フォロワー数が短期間で6,500ぐらいに増えたんですけど、最初のツイートはリツイートのほうがいいねより2倍くらい多いという、晒されるような格好で拡散されました。
私も、音楽教室に関するツイートを書いたときは攻撃されましたね。
これはもう最初から誤解しているから、やりあってもしょうがないなと思ったんで反応しませんでした(笑)。
音楽教室vsJASRACみたいな感じになってますが…著作権印税はJASRACが10%程の手数料で徴収を代行してくれていて作家やアーティストに90%(出版社受領分含む)が入ります。その仕組みを知っている者からすると音楽教室vsアーティストということ。音楽教室がアーティストに権利放棄を迫っていたわけです。 https://t.co/TbGer8ZrGA
— 樫原伸彦 (@nobuchang) October 24, 2022
正確にはいつからか分からないですが、JASRACがお役所っぽくて、ちょっと税務署っぽいイメージを抱かれた時代があると思うんですよね。
主にスナックとかそういう飲食店でのカラオケ管理のためにお店をまわっていただいていた時代に、そうやってお店をまわっていることばかりがフィーチャーされて、それは誰のためなのか、我々作家やシンガーソングライターであるアーティストのためなんだよっていうのが全然出なかった。ただお金を取りに来る人たちみたいに誤解されている。やっぱりそこが一番おかしな点だと思うんですね。パブリックイメージがそうなっちゃってる。
JASRACという組織は、作家やアーティストの権利とお金のマネージメントをしっかりやっている団体なんだっていうことをもっと打ち出した方が良いと思います。JASRACに著作権の管理を委託している作家やアーティストがトップページにずらっと並んでいるような、そういう打ち出し方でいいんじゃないかって。
実際そうじゃないですか。約10%の手数料だけで我々は面倒見ていただいて、JASRACがあるから我々は生きていけるんだっていうのが本当のストーリーなので。
私もできることはやりますけど、もっと大物の作家とかアーティストにそういうことを言ってもらってもバチは当たらないと思いますよ(笑)。
そういう人たちが前面に出て、JASRACは後ろから「ねっ」ってやっていたほうがイメージは上がるんじゃないかなと思うんですよね。
最後にどうしてもお聞きしたいことがありまして。
これも樫原さんが別のインタビューで語られていたのですが、あるときレコード会社の方から4つ打ちの音楽を聞くように勧められて、それが作家としてすごく好影響があったというエピソードがありました。
樫原さんは、具体的にどんな4つ打ちの、ダンスミュージックの影響を受けられたのでしょうか。
そんなこと、どこに書いてありました?(笑)
まさにそのレコード会社の、自分が尊敬しているプロデューサーからアドバイスをもらったときが、ダンスミュージックへの扉が開いた瞬間、音楽的に大きな転機でしたね。
90年代後半だと思いますけど、ハウスとかテクノとかミニマルな音楽をやっている人たちが、ジャズとハウスを合わせたような音楽を始めて、それが刺さったんですよね。Nuyorican Soulっていうんですけど。
Masters At Workの別名義ユニットですね。
そう。あのアルバム(Nuyorican Soul『Nuyorican Soul』)は自分の人生を変えた名盤なんですよ。
4つ打ちのミニマルだけじゃない、ジャズのファジーなところが入ってるじゃないですか。
Kenny “Dope” Gonzalezなんか、個人としてはとてもミニマルな作品も多いのに。
ですよね。Masters At Workはそういうユニットじゃないですか。
そういう人たちがああいうトライをしたっていうのがめちゃくちゃ衝撃的で。
自分が以前から好きだったGRPオールスター・ビッグ・バンドとか、Dave Grusinの音源なんかでフルートを吹いていたDave Valentinが、Nuyorican Soulのアルバムにも参加していて、うわー!って興奮して。
自分もこういうのがやりたいと思って、キューンのプロデューサーとハウス・フュージョン・ユニットを作って、実は自分らもDave Valentinを呼んじゃってアルバムを作ったんですよ。もう廃盤になっていますけどimajuku『Ibiza』っていう2010年のアルバムなんですけど。
他にもアメリカで自分が好きなジャズマンをやたら呼びまして、それでセッションを録って、東京に帰ってきて切ったり貼ったり。一応ミュージシャンたちには、切ったり貼ったりしますよと言って録ってきたんですけど。
なので、Nuyorican Soulで4つ打ちの魅力と可能性に開眼したというところです。
『ハッピー・ジャムジャム』も『チチをもげ』もそのあとですから、やっぱり影響はあるかなと思います。それまで自分が一番好きだったのはAORとかハードロックだったので、その流れを汲みながらの、という感じではありますが。
だけど自分が作ったJ-POPの作品にはそういう趣味をなかなか反映できていません。かっこいい音楽ができる仕事は少ないんですよ。
「機動武闘伝Gガンダム」のエンディング曲とか、メロディーが切なくてかっこいい名曲だと思います。シティポップ的な文脈で再評価されないかなと思っています。
あの曲は自分のなかではNo.1なんですよ。
自分の音楽キャリア、AORの雰囲気をうまく反映できた曲だし、うまく育ってくれた楽曲として。
本当は訃報欄にあれを載せてほしいですね(笑)。
『君の中の永遠』ですね。
そう、タイトルも訃報欄にピッタリでしょ(笑)。
<前編は こちら から>
TEXT:KENDRIX Media 編集部
PHOTO:和田貴光
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