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「自分のやりたいことをやるべきだ」 Daichi Yamamotoがアルバム「Radiant」の足跡を振り返る

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「1of1」とは世界にひとつしかないもの/ことを指す言葉です。この連載では日本で「1of1」な活動をしているアーティストたちに話を聞いていきます。いろんな人たちのいろんな言葉が連なったとき、バラエティ豊かでかっこいい日本の文化の層として表現できるのではないかと思っています。

今回のゲストはラッパーのDaichi Yamamotoさん。5月にJJJさんと共作したアルバム「Radiant」をリリースし、現在はツアー「Daichi Yamamoto Radiant Tour Watch Your Step 2024」の真っ最中です。10月5日には東京・Zepp Shinjuku、10月20日には地元である京都・KYOTO MUSEでの追加公演の開催も決定しています。

Daichiさんはイギリスの大学でアートを学ぶ傍ら、音楽制作を開始しました。教授からしつこく教えられたのは「ものを作ることは自分と向き合うことだ」ということ[2020年3月公開のインタビュー(朝日新聞DIGITAL)]。その言葉通り、Daichiさんはこれまでの作品で自問自答を繰り返してきました。最新作「Radiant」はDaichiさんの内面が色濃く表現された作品です。今回はアルバムの制作を通して、Daichiさんが感じたことを話してもらいました。

文:宮崎敬太 写真:雨宮透貴

もっとJJJさんと作りたい

――昨年開催されたワンマンツアー「Daichi Yamamoto Radiant Tour 2023」から「Radiant」のリリースまで一年近くスパンがあったのはなぜですか?

実は昨年のワンマンを開催する前に「Radiant」をリリースする予定で、内容もほぼほぼ完成していました。客演など他の仕事との兼ね合いもあってリリースするタイミングを逸してしまい、気づいたら年末になっていて、2月に開催された京都芸術センターのライブ“KAC Performing Arts Program Daichi Yamamoto「watch your step」”も重なってしまい、今年の5月にようやくリリースできました。


“Radiant” Interview with Daichi Yamamoto & JJJ

――JJJさんとの対談でも話されてましたが、「Radiant」は『Everyday People〜Afro』からスタートしたそうですね。

確か3年前くらいの年末にJさんに「曲作りたいです」と連絡して、5つくらいビートを送っていただきました。『Everyday People〜Afro』はその中のひとつで割と何も考えずに書いた曲です。

――自分はまだ『Everyday People〜Afro』がリリースされてない時期(Daichi Yamamoto Radiant Tour 2023)に初めて聴いたこともあって、あの曲はDaichiさんが大きな決意を持って書いたのかと思っていました。

これは最近思い出したエピソードなんですが、1作目(「Andless」)を出した後、ラッパーのKojoeさんに「みんなお前にしか書けないものを聴きたがってる」というニュアンスの感想をいただいたんです。実はその頃にも『Everyday People〜Afro』のような曲は書いてたんですが、納得できる形に持っていけなくてボツにしてるんですね。だからこのテーマはずっと自分の中にあったんだと思います。ずっとA&RをしてくれてるMasatoさんにも(JJJさんと)作ってることを言ってなかったので、完成した曲を送ったら「そんなことが起きてたんだ」って驚いてました(笑)。

――リリックに出てくる「ドレッドを切る」ということも大きなトピックになったのかなと感じてました。

いや、そこまで大袈裟な話ではなくて……。ドレッドってケアに時間がかかってめんどくさいんです。だから「そろそろ切っちゃおうかな」と思って坊主にしました。ずっと帽子をかぶって生活してたんですけど、今くらい髪の毛が伸びたある日、ふと鏡を見たら「なんかええ感じやん」と感じて。「子供の頃はこんなふうに思えなかったな」とか、断片的に残っていた記憶を歌詞にしていった感じですね。

――ラッパーとして表現力が上がったことで形にすることができた?

それもあるかもしれません。自分的には意識的に書いたというより、いろんなタイミングが合わさってあの曲ができたイメージですね。

――ではJJJさんとアルバムを1枚まるごと制作しようと思ったのはなぜですか?

『Everyday People〜Afro』ができた後、自分の中に「もっとJさんと作りたい」という気持ちが出てきたからです。そもそもJさんと「Andless」以前からずっと一緒に作っていて、ビートをもらっていたけどちゃんと曲にできなかったものもたくさんあって。でも今ならそういうのをちゃんと曲として完成させられる気がしてました。でもその段階ではまだ迷いがあったんです。

――迷いとは?

周りの人が自分や自分の音楽をどう思ってるか、そして自分はどういう作品を作るべきなのかみたいなことですね。そんな気持ちのまま2年前にイギリスに行ったんです。

――JJJさんとの対談でお話しされてたエピソードですね。

そうです。向こうで観たジェイムス・ブレイクのライブが想像してた以上に素晴らしくて、もう本当に感動してしまいました。それでやっぱり自分のやりたいことをやるべきだって当たり前のことを再確認しました。短い期間だったけど、イギリスに滞在した時間で気持ちもリフレッシュできました。帰国後、正式にJJJさんにプロデュースのオファーしました。

――DaichiさんにとってJJJさんはどんな存在ですか?

尊敬しています。ラップもビートメイクもものすごい。制作でJさんの家に行くとものすごく刺激を受けます。こういうふうに作ってるんだって。あとなんていうんですかね……、Jさんは自分の中に譲れないものをしっかりと持ってる人。いつも「これがいい」「こうしたい」とすごくはっきり言ってくれる。自分はそういうのがあまりできないから、そういう面でもリスペクトしています。今回の制作でも僕は結構あれこれ迷っちゃったんです。そういうときに「俺はこっちがいい」と言ってくれるんですけど、同時に「ダイチがそう思わないならいいよ」とも言ってくれるんですね。距離感がすごくちゃんとしている人だと思いますね。友達同士で作ってると、プロジェクトが自然消滅してしまうこともあるんですがJさんとの場合はそれがないイメージです。

ライブにたくさんの人が来て、一緒に歌ってくれたことにすごく感動した

――「Radiant」の楽曲はツアーや「POP YOURS」などでもすでに披露されていますが、改めてどのように届いていると感じますか?

やはりライブで歌うと(自分で作った録音物とは)別の曲になるというのは今回もすごく感じますね。「この曲のここを歌ってくれるんだ」みたいな驚きはありますし。制作では細かい部分までこだわってコントロールしていますが、手放した(リリースされた)らもうコントロールできない感じがやっぱり面白いですね。

――今年の東京公演では1曲目から大合唱になりました。あと若い世代のお客さんが増えた印象がありました。

それは僕も感じました。女性や上の世代の方も。同時に昔からの人たちも変わらず来てくれている。幅広い層に自分の音楽が届いてるのがすごく嬉しい。
今回のアルバムは「誰に何言われてもいいや」という気持ちで制作したんです。

――というと?

こういう内容だと「Daichi Yamamotoって自分を悲劇の主人公だと思ってるんだろうな」と思われるかもなって。

――ご自身の内面とシリアスに向き合うことが?

そうですね。あと僕自身もアイデンティティの話をいつまでもしたくない気持ちもあって。

――アイデンティティについては以前のインタビュー(朝日新聞DIGITAL)で深くお話しいただきました。

まあ僕が自意識過剰すぎるってのもあるんですよ(笑)。

――本作は当時のダイチさんにとって「デトックス」するための作品になった?

そこは最初に『Everyday People〜Afro』を書けたことが大きかったんです。自分の中にずっと引っかかってたことを全部吐き出して、アイデンティティとも向き合い切ろうと思ってました。そこを書き切れたから「もうどう思われてもいい」という気持ちになれたのかもしれないです。しかも「Radiant」はいい感じに広がっていて、ライブにはたくさんの人が来てくれて、一緒に歌ってくれていることにもすごく感動しました。

――『Everyday People〜Afro』が完成したとき、どんな気持ちでしたか?

実はあまり「できたっ!」という感覚が薄かったんですよね。こういう曲を書いて、何かを消化できて、「ハッピーエンド」みたいなことを言えたら綺麗なんですけど、別にそういうこともなく。曲ひとつで全てが変わることもないっていうか。「ただの曲だしな」って。自分でそんなことを思って、一回ヘコんじゃったんですよ。

――解決されないジレンマは『Athens』にも通じますね。

そうですね。『Athens』にはギリシャに行く前にイギリスでKay Youngというラッパーと話したエピソードが入っています。僕はイギリスにいるとき、すごい自由を感じたんです。じろじろ見られないし気が楽になるって。そしたらKay Youngは逆に日本にいたときめっちゃ楽になったと言ってて。こういうのって自分の受け取り方が大きいんだなって感じたんです。

――しかも気分転換で行ったギリシャは謎に感じ悪くて。

そうそう(笑)。でもそれすらも自分の受け取り方次第って可能性もあるし、たまたま運が悪かっただけってパターンもある。『Athens』に関しては「こう思います」って話ではなく、「こういうことがありました」という曲ですね。

日本語がわかる人にしかわからない美しさを書けたら

――一番最初にダイチさんにお会いしたとき、インタビュー外の会話で「ロンドンに留学して、日本人らしい感性を作品で表現したいと思うようになった」と話されてたのがとても印象に残っていたのですが、今作の『ガラスの京都』はまさにそういう曲だと思いました。

日本語がわかる人にしかわからない美しさを書けたらいいなと思ったんです。英語の曲を聴いた後に日本語訳を読むと、消えちゃってるフィーリングがいっぱいある気がして。その逆のものを作りたいというのはあったと思います。ちょっといけずかもしれないですけど(笑)。あと今回の作品では最初から京都の曲を書きたいと思ってました。Jさんからこのビートが届いて聴いた瞬間に「これだ」となって書き始めました。


Daichi Yamamoto & JJJ – ガラスの京都 Official Music Video

――すごく複雑な構造のリリックですよね。僕はこの曲を聴いて手塚治虫の「火の鳥」を思い出しました。

いろいろ書いてるうちに虫の話が出てきたんです。ちょうどそのとき、友達にカルマとか前世の話を聞いて。じゃあ来世の自分が虫になった視点で京都の話を書いたら面白いかもというアイデアが浮かびました。最初はサビのリリックはできてなくて、宇宙語で適当に「ボウスダボンスボンボンボン」みたいなフロウを作ってたら「Bugs(虫)や」と思いついて、話がつながったという。

――今回の作品はリリックを先に書いた曲が多いらしいですね。

はい。全部じゃないけど、先に書いたリリックが今までの作品より比重が大きいかもしれないです。

――ビートがない段階だとどのようにリリックを書くんですか?

ビートを思い浮かべながらですね。言葉が結構できたら、ラップしながら修正して。さらにビートに乗せる段階で字余りを調整したりという感じですね。

――ダイチさんはかなり細かく作っていくタイプなんですね。

まあ曲によりけりなんですけど、何回か録るかもしれないです。譜割りが変なところを手直ししたり。特に『ガラスの京都』は納得いくまでやりました。逆に『F1 feat. CFN Malik』や『Find A Way』は結構ツルっとできました。

――『Find A Way』はかなり練ったのかと思ってました。

この曲はヴァースがゴリゴリしてるので、サビはさらっと気持ちいい感じにしたかったんです。実は『Find A Way』は「Radiant」に入らない予定でした。でも今作で1曲だけJさんにラップしてほしくて「送ってるデモの中でラップしたい曲を選んでください」とお願いしたら、「絶対『Find A Way』が良い」と言ってくれたので、リリックを編集して1ヴァース目に言いたいことを詰め込んだ感じです。

――では今作で手こずった曲は?

『Drain』のフックをうまくまとめられなくて時間がかかったくらいかな。全体的に嫌な手こずり方をした曲はなかったです。自分的にはビートがワンループなのがすごくやりやすかったんです。たとえば16小節のヴァースなのに、24小節くらい言いたいことがあったりすることがあって。そういうとき、ワンループだと自分で長さを調節できる。そこがすごくやりやすかったんです。しかも今回は書くテーマも決まってたから、悩む場所がなかったです。良し悪しをジャッジできないときはJさんに意見を聞いて。本当にストレスなくのびのび作れました。

Came From Nothingの感覚

――でも曲順はかなり悩んだと話されてましたね。

『Find A Way』が1曲目だったり、『ガラスの京都』を入れないパターンもありました。あと『F1』をどこに置くか。もう一生悩んでました(笑)。そしたら確か昨年末か今年の頭くらいにツアーの未発表曲セクションのセットリストを組んでて、そのときにバックDJのPhennel Kolianderさんが『Drain』から始めようと提案してくれたんです。「なんでですか?」って聞いたら「“MasatoさんこのEPで俺に向き合わして”って歌ってるから、ここから始まる感じがある」って。僕もそこで「なるほど!」となって、1曲目に『Drain』を持ってきて曲順を組み替えたんです。客観的な意見は最高だなって思いました。

――ちなみに『F1』はどんな経緯で制作されたんですか?

僕がYouTubeでCFN Malikの『KICKIN HARD feat. Jellyyabashi』という曲を知って、速攻好きになってずっとEPを聴いてたんです。


CFN Malik – KICKIN HARD feat. Jellyyabashi

――陳腐な表現になってしまうけど、CFN Malikさんは何から何までリアルですよね。

わかります。側から見たら「悪そう……」とか思われるかもしれないけど、彼らにとってはあれが普通なわけで。僕は彼らのやってることがクラシックだと思うんですよ。

――等身大の自分と音楽で向き合うという意味では、ダイチさんが今作でやっていることを同じかもしれないですしね。

その話を聞いて思い出したんですけど、彼(CFN Malik)の名前がかっこいいと思ったんです。CFNってCame From Nothingの略なんです。実際に会って話したときに教えてもらったんですが、自分にもそういう感覚があったので彼とすごく共鳴できたんですよね。

――Came From Nothingの感覚というのは?

イギリスに留学してたときに自分の先祖の記録が途切れる感覚というのを意識したんです。黒人は今世界中にいますけど、元はアフリカにいた人たちでみんな奴隷船に乗せられて、あちこち連れていかれたわけじゃないですか。イギリスには奴隷船の記録が残ってるんですけど、4世代くらいしか遡れない。僕の母はジャマイカ人なんですが、おばあちゃんの前はもうわからない。ルーツがわからないって、結構力を奪われるんです。世界史の授業の内容もまったく自分とリンクしない。大学でも先生によっては、そこに一切触れない人もいる。ずっとこういう感覚で育ったら自尊心もクソもないなって感じたんですよね。その感覚が結構自分の中に蓄積していたので、MalikからCFNの由来を教えてもらったとき「まったく同じこと思ってた」って思ったんです。

――音楽的に『F1』は異質だけど「Radiant」に絶対に必要なピースだったんですね。

そうです。曲というより、Malikの存在が重要でした。だから今後も一緒にやっていきたいです。

――では最後にツアー後半戦に向けた意気込みを教えてください。

最近ライブに対して、ゆっくりなんですけど、技術だけじゃなくて捉え方というか、内面も追いついてきたような気がするんです。それこそ6月のリキッドルームは自分的には「あんま良くなかったなあ」と思ってたけど、いろんな人にすごく良かったと言ってもらえて。今まではそのギャップに苦しんでた部分もあったんです。でも最近は「だったら自分が良かったって思えるまでやればいいか」って思えるようになりました。新宿と京都に向けていろいろ試していきたいです。

――やはりダイチさんにとって、他者の視線がジレンマの根源なんですね。なぜそこが解消できるようになってきたのでしょうか?

生活の中で少しずつですね。自分としてももうちょっと物事を楽に考えられたらなってとこがあって。それで1個すっごい覚えてるエピソードがあるんです。なんか京都で自転車に乗ってたら、「今日、宝くじ買ったら当たりそうな気がする」って思った日があって。そのまま買いに行こうとペダルを漕いだんですけど、ふと「Daichi Yamamotoが宝くじの売り場に並んでる」って思われたら嫌だなって考えが頭をよぎったんです(笑)。

で、最寄りの売り場を1個スルーしたんですね。もう1個あったけど、そこは混んでて。でも帰るまでにもう1個あって、しかもそのとき近くで古本市をやってたから「古本を買いに来た体で宝くじ買えるやん」ってなったんです。そうするとなんか本を買わないと変じゃないですか。でも全然欲しい本がない。30分くらいかけて全部見たのに。「困ったなあ」と積まれてた本をどけたら『「他人の目」が気になる人へ 』ってタイトルが目に飛び込んできたんですよ。

――どんずばすぎる(笑)。

なんとなく立ち読みしただけでもうズバズバ胸に突き刺さる言葉が並んでるんです。速攻買って、近所の喫茶店で8割くらい読んじゃいました。自分のために書かれた本かと思いました。「ついさっきの宝くじの話もこれやん」みたいな(笑)。そういうちょっとしたことを積み重ねて、改善というか、認識の仕方が変わってきたという感じですね。

――で、宝くじは買ったんですか?

買いませんでした(笑)。


Daichi Yamamoto
1993年京都府生まれのラッパー。19歳からラップとビートの制作を開始。
大学留学を経て、インターネットで自身が制作した楽曲を発表。
2018年にSTUTSのアルバム「Eutopia」の収録曲『Breeze』に参加したほか、Aaron Choulaiと共作したEP「WINDOW」などを発表。
2019年9月に1stアルバム「Andless」をリリース。
2ndアルバム「WHITECUBE」を経て、2024年5月に3rdアルバム「Radiant」をリリース。
数々のヒップホップ・アーティスト、プロデューサーとの共作・客演に加え、ジャズ・ピアニストの桑原あい、シンガー・ソングライターのミイナ・オカベなどヒップホップ以外のジャンルのアーティストとの共演も多数。

(LIVE Info)

日時:2024年9月13日(金) OPEN 18:45 / START 19:30
会場:北海道・札幌 cube garden
料金:ADV. ¥5,000 (1D代別途)

日時:2024年9月14日(土) OPEN 17:00 / START 18:00
会場:宮城・仙台 darwin
料金:ADV. ¥5,000 (1D代別途)Sold Out

▼追加公演
日時:2024年10月5日(土) OPEN 17:00 / START 18:00
会場:東京 Zepp Shinjuku
料金:ADV. ¥6,000 (1D代別途)

日時:2024年10月20日(日) OPEN 16:00 / START 17:00
会場:KYOTO MUSE
料金:ADV. ¥5,000 (1D代別途)Sold Out

チケット:イープラス

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