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~日本の音楽業界にインパクトを与えた昭和ポップスの再構築

Night Tempo インタビュー(前編)
~日本の音楽業界にインパクトを与えた昭和ポップスの再構築

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80年代の昭和歌謡が2020年代のフロアを熱狂させている──。

そんな世界線を誰が予想しただろうか? 昭和カルチャーをこよなくリスペクトし、国内外に発信する韓国人プロデューサー/DJのNight Tempo。世界的シティポップブームを牽引してきた立役者の一人として、日本の音楽業界にインパクトを与えたその功績は大きい。

近年はレジェンダリーな女性シンガーから現代のアイドルまでを迎えた自身の音楽プロジェクト、藤井隆やSKE48 Team KIIのプロデュースなど、ますます活動のスケールを増している。中でも2019年からライフワークとして取り組んでいるのが、昭和の名曲を現代にアップデートする「昭和グルーヴ」シリーズだ。

リミックスやリエディットといった手法は既存曲に新たな価値や魅力を与える一方で、”著作権的にグレー”として特にネットの音楽コミュニティではBANの対象となることも少なくない。インタビュー前編では彼がどのようにして公式リエディットのリリースを実現させてきたのかを聞いた。

(プロフィール)
Night Tempo

DJ、音楽プロデューサー

2015年から2017年にかけて、1980年代のポップスや歌謡曲を再構築する活動により、ヴェイパーウェーブから派生したフューチャーファンク・シーンで注目される。

2019年、「FUJI ROCK FESTIVAL ’19」に出演。
同年から昭和ポップスをリエディットするプロジェクト「昭和グルーヴ」シリーズを始動。

オリジナル楽曲のリリースや楽曲提供、国内外でのライブやDJプレイも精力的に行っており、2021年12月には自身初のメジャー・オリジナル・アルバム『Ladies In The City』をリリース。

韓国ソウル市出身
KOMCA(韓国音楽著作権協会)会員

シティポップに夢中だったアメリカのリスナーがアイドル歌謡で踊り出すまでに

最新作で第15弾まで重ねた「昭和グルーヴ」シリーズ。WINKに始まり、斉藤由貴、工藤静香、松原みき、小泉今日子、菊池桃子など昭和ポップスを公式リエディットしてきた同プロジェクトですが、中でも異彩を放っているのが第13弾として手掛けた細川たかしの『北酒場』です。昭和ポップスに造詣の深いNight Tempoさんですが、演歌までフォローしているとは驚きました。

『北酒場』はけっこう前からライブ用にリエディットしてDJプレイしてたんです。それをご存じだった先方の関係者から「公式リエディットとしてリリースしませんか?」というお声がけをいただいて実現しました。
ちょうど3年ぶりの来日ツアーのタイミングでもあったので、日本のリスナーが喜んでくれるような曲をピックアップしたいという思いもありましたね。以前までの「昭和グルーヴ」シリーズではわりと隠れた名曲みたいなのをチョイスすることが多かったんですけど。

たしかに第12弾の小泉今日子『NUDIST』はアルバム収録曲だったりと、いわゆる当時のヒット曲ばかりをピックアップしてきたわけでもないですね。「昭和グルーヴ」はどのような視点で選曲しているんですか?

純粋に自分の好みとしか言いようがないです。
共通点としてはグルーヴィーで踊れる感じ。わりとアメリカでプレイすることが多いので、現地のフロアで盛り上がることをイメージして選曲することが多いです。『NUDIST』は久保田利伸さんプロデュースでブラックミュージックのエッセンスも色濃かったりするので、アメリカ人にはけっこう刺さっていましたね。

なるほど、アメリカのリスナーは80年代当時ヒットしたかどうかは関係なく、純粋に「いい曲」として楽しんでいる。そして日本のリスナーにとっては昭和の名曲の再発見に繋がっているわけですね。

コロナでなかなか来日できなかったんですけど、アメリカでは去年の後半くらいからライブができる状況になってました。コロナ前からの変化で言うと、アイドル歌謡ポップスにだいぶいい反応が返ってくるようになりましたね。以前はアメリカの現場ではやっぱりニューミュージック系というか、シティポップで盛り上がるのが定番だったんですけど、僕としては「アイドル歌謡にもいい曲はいっぱいある」ということを知ってほしくて。コロナの間に「昭和グルーヴ」シリーズでいろいろ仕掛けてきたことが、アメリカの現場でもようやく実を結びつつあるのを感じています。

80年代当時の貴重なマルチトラックを使った公式リエディットが実現

「昭和グルーヴ」シリーズによって多くの80年代ポップスやアーティストが再評価されています。2019年にプロジェクト始動した当初と現在では、音楽業界からの反応も変わりましたか?

そうですね。リエディットものをリリースする上では権利をクリアするのがマストで、最初の頃はこちらからお願いする形が多かったんですが、最近は「この曲で(公式リエディットを)やってみませんか?」とお声がけしていただくことも多いです。オリジナルの音源も当初は自分が持ってたカセットテープの音源を使ってサンプリングという形でリエディットしていたんですが、先方から当時のマルチトラックを貸していただくことも増えました。80年代のレコーディング環境ってすごくリッチで、こういう感じで音作りしてたんだなとすごく勉強にもなりますね。

当時のマルチトラックというと、オープンリールですか?

はい、レコード会社さんの倉庫に眠ってたものをわざわざ掘り起こしてくださって。当時のアナログテープは長期保管されてたこともあって湿気を含んでたりするので、しっかり乾燥させてからデータ化されているようです。

丁寧に扱われているんですね。

僕も丁寧な仕事をしたいです。僕にとって80年代の音楽はとても大切なものだから。

"著作権的にグレー"なリエディットが公式に認められた決め手は「丁寧な仕事」

そもそもNight Tempoさんは2010年代にネットの音楽コミュニティから生まれたジャンル・ヴェイパーウェーブ、そしてそこから派生したフューチャーファンクの界隈で活動をスタートされています。

どっちのジャンルも今ではすっかり消滅してしまった感じがあります。ヴェイパーウェーブは商業主義への批判精神から生まれたジャンルだと言われてたけど、やがてファッションとかデザインに意味づけされて、ビジネスのほうに絡めとられていきました。本来、音楽クリエイターたちが表現したかったものとはまったくかけ離れたものになり、自由度がなくなってしまったのもジャンルが廃れてしまった理由なのかな思います。シーンが冷めた途端にみんないなくなってしまって。また別の面白いもののほうに行っちゃうっていうのは、ネットのクリエイターコミュニティではよくある話ですけど。

─2016年頃には日本の80年代ポップスをマッシュアップした音楽ジャンルであるフューチャーファンクが盛り上がりました。しかしフューチャーファンクの一部には、日本人からすると歌詞パートがはちゃめちゃだったりと、日本人からすると「なんだこれは!?」みたいなマッシュアップもありました。削除された動画も少なくなかったですよね。

フューチャーファンクも世界中にクリエイターがいましたけど、それほどシーンが大きかったわけではなくあくまで内輪でワイワイやってただけ。だから一時の盛り上がりで終わってしまったんだと思います。あとネットのコミュニティだけで完結して、外の世界=オフラインに出ていかなかったのもシーンがムーブメントに育たなかった理由だったのかなと思います。僕は80年代ポップスをたくさんの人に知ってもらいたかったし、そのためにはリアルな現場でプレイすることが大事だと考えていました。

─Night Tempoさんはそうしたシーンの盛衰とも関係なく、80年代ポップスにこだわった活動を重ねてこられました。公式リエディットが実現したのも、音楽出版社のフジパシフィックミュージックから「Night Tempoのリエディットには愛がある」と評価されたことがきっかけだったそうですが、Night Tempoさん的愛の伝え方とはどのようなものだったのでしょうか?

僕のほうから特に「愛を売り込んだ」わけじゃないんです。ただ大切なものだからめちゃくちゃに扱うことはしなかったというか、リエディットする上では楽曲が本来持ってる魅力を大切にしながら、現代のリスナーにも伝わるように、ということを意識した作品作りをしていました。それが結果的に「愛を感じてもらえた」んだと思います。

─”公式”として認められたことも、活動のスケールを大きくする決め手になったと思いますか?

そうですね。やっぱりネット発でこういう音楽をやってると、権利関係とかも適当にやってるんでしょ、みたいに低く見られるところもありますから。ただ、特に昔の楽曲の権利のクリアランスはすごく複雑だし、僕1人の力では難しかったと思います。そういう意味でも、日本の音楽業界のルールを熟知されて、丁寧な仕事をしてくれるフジパシフィックさんとパートナーを組めたのは本当にラッキーでした。 

「昭和グルーヴ」としてリエディットしたいけど、権利関係がクリアできないというケースは今もあるのでしょうか?

全部が全部、実現するわけではないです。昔の音楽関係者の中には「リミックスってなんなの?」と思ってる方もいますし、そもそも音源をいじってほしくないという方もいますから、それは仕方ないと思ってます。ただいずれにしても、きちんとしたプロセスを踏まなければ公式の仕事はできない。その意味でも、丁寧に仕事をするということに尽きるんじゃないかなと思いますね。


後編 につづく

TEXT:児玉澄子

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