KENDRIX グループインタビュー
~Watusi、Zeebra、DJ WATARAI、DJ HASEBEが語るHIP HOPと著作権~(前編)
「権利(KENRI)のDX」を目指す「KENDRIX」プロジェクトでは、音楽クリエイターが抱える課題やニーズを把握するために、インタビューを繰り返し実施している。
KENDRIX Mediaでは、「KENDRIX」サービスの開発に向けた音楽クリエイターへのインタビューの模様をレポートしていく。
今回は、Watusiさん、Zeebraさん、DJ WATARAIさん、DJ HASEBEさんという、音楽プロデューサー・DJ・アーティストとして90年代からクラブシーン・HIP HOP/R&Bシーンを牽引し続けてきた4人をゲストに迎えたグループインタビューの模様をお届けする。
常に新たな創作手法やサブジャンルが登場しながら、サンプリングという形で過去の創作ともタイムレスに融合して進化していくHIP HOP。そんなHIP HOPの世界から、現在の課題を直視して未来を変えていくために、トップランナー達が示したマスタープランとは。
(ゲストプロフィール)
Watusi
プログラマー/ベーシスト/DJ。1978年にバンドメンバーとしてメジャーデビューしてから、多くのバンド活動と楽曲制作・提供を重ねている。Lori Fineとのユニット「COLDFEET」は、1998年のメジャーデビュー以来、中島美嘉、hiro、安室奈美恵等のプロデュースを手がけるプロデュース・チームとしても活躍。一般社団法人JDDA(Japan Dance Music & DJ Associaion)代表理事。
Zeebra
ラッパー/DJ。1993年にHIP HOPグループ「キングギドラ」を結成。1997年のソロデビュー後は、安室奈美恵、Dreams Come True、長渕剛、EXILE、小室哲哉などのメジャーアーティスト、TOKUや日野賢二といったJAZZミュージシャンらとの共演をこなし、その幅広い客演作品は総数100を超えている。DJとしてはDJ DIRTYKRATES名義で活動。
DJ WATARAI
音楽プロデューサー/DJ。MURO、Nitro Microphone Underground、SKY-HIなどのHIP HOPアーティストだけでなく、MISIA、DOUBLE、AIなどのR&B系アーティストへの楽曲提供、リミックス、アレンジを手掛ける。さらには、Mr.Parka jr. ft. Dr.Turtleneck(チョコレートプラネット)、アニメ「ヒプノシスマイク」などへの楽曲提供も。
DJ HASEBE
音楽プロデューサー/DJ。Sugar Soul、Zeebraとともに『今すぐ欲しい』(1998年)、『Siva 1999』(1999年)などをリリース。SIRUP、SALU、BASI、向井太一、土岐麻子、野宮真貴、大橋純子など多彩なゲストを招いたオリジナル音源と、幅広いジャンルのDJミックス音源のリリースを精力的に続けている。OLD NICK名義でも活動。
包括契約の分配ってどうなってるの?
Watusi(W) まあざっくばらんに。WATAさんは最近どうですか。
DJ WATARAI(DW) 自分はTwitchなどでライブ配信をやることがあります。
権利者という立場としてはちゃんと対価還元されているのかな、という疑問はあります。
KENDRIX(K) TwitchはJASRACと包括契約をしていますね。
DW ああ、そうなんだ。
W 著作権はクリアできてるけど、原盤の問題はあるよね。
K そうですね。
Zeebra(Z) とりあえず原盤の問題は置いておくと、著作権的には問題がないと。
K ただ、この曲を配信しました、という情報が、配信事業者から報告されない限り、その曲の権利者には分配されない、という問題はあります。
W 放送局なんかも包括契約だけど、報告されない曲の使用料はプールされてるの?それともJASRACは何かに使ってしまっているの?
K ポッケナイナイしてるの?とか言われていますよね(笑)。
実際のしくみとしては、月額などの使用料に対して、その月の報告はこれです、と言われてしまったら、その報告された楽曲で案分して全て分配してしまう。
報告されていないものがこれだけあるだろうから、これだけプールしておきましょう、ということは、全体が把握できないので難しい状況です。
Z 一つ一つの配信でプレイリストをもらうのは難しいと思うけど、たとえばTwitchで音楽が流れた時間はこれだけあるよと。一方で報告された分はこの時間分しかないから、残りはプールしておこう、とかは難しいんですか。
K 確かに、音楽が流れた、ということだけでも把握できれば良いのですが、現状では難しいと思います。
Z わからない分が、わかっている分だけで配分されてしまう、ということは、これからの時代は通用しなくなると思う。
フィンガープリント、おれならこうする
K ZeebraさんとDJ WATARAIさんは、DJプレイでかけた音源をフィンガープリント技術 1で判明させる、というJASRACのトライアルにご協力されていました。
(JDDAが行っていた音源利用の許諾を得たDJ配信の2021年12月25日配信分は、Audoo 2というフィンガープリントデバイスが設置されたJASRACの理事会室で収録された。)
1本来は指紋という意味だが、IT分野では人やモノ、コンテンツなどの識別や同定のために用いられるデータ片のことを指す。音楽においては、音源の波形データをフィンガープリントとしてデータベース化しておいて、放送や店舗で再生された音源の波形データと照合することで、タイトルなどを特定することを指す。
2イギリスのスタートアップ「Audoo Limited」が開発したデバイス。モバイルインターネット通信機能と高性能な集音マイクを備え、店舗等の電源に差し込むだけで、店内で再生された音源のフィンガープリントを取得しデータベースに照合する、という作業を繰り返し行う。
Z あの時、やっぱりフィンガープリントでは判明しない曲もあった。
我々はどうしてもクイックで曲を変えていったりするので、検索を実行する間隔をもっと狭めていく必要があるかな、と感じた。
K フィンガープリントの利用料との兼ね合いになってくると思います。
フィンガープリントを業務利用する場合は、検索を〇回まで利用できる枠をいくらで提供します、というケースが多いので、間隔を短くすればするほど、料金は上がる。もしくは同じ料金で対応できる稼働時間が短くなります。
Z 分配のためにフィンガープリントを活用する、ということは、もうJASRACみたいな著作権管理団体としてはマストな対応だと思う。
難しいということも分かりますけど、もう料金なんか気にしなくても済むように、他社のサービスではなくJASRACが自前でデータベースを整備するくらいのことはやってほしい。
せっかくフィンガープリントのデバイスが実用化された、という時に、検索の狭間に曲がかかってしまって、検知されませんでしたというのは非常に残念なことだと思う。
統計的に正しい、ではなく、全てに分配が行く、というところまで目指してほしい。
Z それと、フィンガープリント事業者には、同じ楽曲が検知されている分は料金がかからないようにしてくれ、と交渉したいですね。
5分間同じ曲がかかっていたら、その間は同じ結果が出てくるだけだから、利用楽曲を検知できた回数としてはカウントしないでくれよと。
もしくはディスカウントしてくれよ、とか。
W ははは、それいいね。
Z フィンガープリント自体、国内の楽曲についてはまだまだ、という感覚があるので、やっぱり全ての音源に対応してほしい。
全ての音源、というのは、もちろんアグリゲーター3を通じて、というのもあるけど、HIP HOPのインディペンデントで活動している連中は、ほとんど出版社を通していないので、きちんと登録されてない、という状況がすごくある。
そういう部分も対応できる仕組み、というのが、これからは大切なのかなという気がしている。
3Apple Music、Spotifyなど複数の配信サービスで楽曲を聴けるようにするため、各種配信サービスへ音源を登録する作業を代行する事業者のこと。ディストリビューターと呼ばれることも。
K KENDRIXというサービスは、音声ファイルのハッシュ値をブロックチェーンにタイムスタンプ付きで登録するという仕組みを実装する予定です。音声ファイルの存在を前提とした仕組みであるため、全く道筋がない、という状況でもない気がします。
W 過去の楽曲の問題は残るけど、新曲はそうやってドラッグ&ドロップで、ブロックチェーンだけじゃなくフィンガープリント付きで登録できて。そうしたらデータ登録作業とかのタイムラグもなく、即時に利用を検知できる状態が整う、というのは、まさにこういうDXで目指すべき方向性だと思う。
DJ HASEBE流コンテンツID活用術
Z HASEBEはYouTubeやってるね。
DJ HASEBE(DH) さっきから気になってたんだけど、この前、二人でDJやった時に楽曲検知のテストをしたの?
Z そうそう。
DH それもKENDRIXの機能で?
K それはKENDRIXの機能ではなく、イギリスのスタートアップ企業のAudooという会社が作ったデバイスのトライアルでした。
DH それの検出精度の話をしてたんだ。やっと分かった(笑)。
K そうなんです。すみません。
特にWATARAIさんのDJプレイのほうが検出精度は低かったです。
DH え、ブート盤とかかけてたの?
DW いやいや(笑)。たぶんインディーものが多かったと思う。
DH ああ、なるほど。
ぼくはYouTubeでライブ配信しているんですけど、コンテンツID4の精度が高くて、デジタルで配信されているものであれば、ほぼほぼ検知されているという印象です。
原盤の所有者がはっきりする形だけど、出版(著作権)の部分もこれで対応可能なんじゃないかなと思っている。
動画の概要欄に検知された楽曲の情報がずらっと並びますけど、あれが全てではなくて、管理画面では全て見られる。インディーとか原盤がどこにあるか分からないようなリミックスバージョン以外はほぼほぼ検出されてる。
4YouTube上で著作権者が自身の著作物の利用を検知しやすくするための自動識別システムのこと。著作権者は、自身の著作物の利用が検知された際の対応を、マネタイズ(利用を許可し広告を表示)、ブロック(利用を許可しない)、トラック(利用を許可するが広告は表示せず、統計情報を取得する)の3種類から選べる。
DH あと、ぼくはライブ配信前に、前もって静止画にその音源を付けて、非公開動画としてアップロードしてコンテンツIDの判断を仰ぐ、ということをやっています。
日本のインディーとかだと結構時間差で検知されることが多い。3日後、4日後とか。
K では、配信当日は、まずはリクエストの集計をやって、、、
DH はい、お昼にリクエストを締め切るので、それから曲を調べて、動画化してコンテンツIDを調べる、という。
K それはそれで、なかなか大変な作業ですね。
DH コンテンツIDについては、検知する精度は高いけど、権利者がマネタイズを選択しているはずなのにBANされてしまうことがあったり。システムとして改善してほしい点もあります。
W コンテンツIDで権利者がマネタイズを選択している音源だって、我々にとってはどこまでいってもグレーな状態としかいえず、基本的には「音源の許諾を得ていないDJ配信はNG」っていう状態。だけど「ライブ配信は追いきれない」というのも正直なところで、合法ではないけど出来てしまっている状態。
それはある意味問題で、誰もDJ配信を合法化しようとしていないですよね、ということになっている。
半年間、自腹で、合法DJ配信というのをやってきたけど、結局グレーなまますぐには変わらない気がしてしまった。
どんどんテクノロジーが進化して利用を捕捉する精度が上がれば、原盤のほうももっと使いやすい仕組みを実現しやすくなるんじゃないかと期待している。
チャカ・カーンさんはどこまで許してくれる?
Z DJとしては、2曲同時にかける、ということもあるけど。
W JASRACとしてはDJ配信における人格権の問題はどうとらえているの。
K 配信事業者との契約では、人格権を侵害する利用は許諾できません、という内容ではあるのですが、人格権は作家本人に留保されているので、OKかNGか、という判断は作家任せ。少し無責任に感じられるかもしれませんが、何かあったらまずは当事者間で、ということになってしまいます。
Z HASEBEがある曲のBPMを+8でかけちゃって、「バカやろー、そんなに速くすんじゃねぇ」って言われたら、HASEBEとそのアーティストとの問題になる?
K まずは、そうですね。
DH まあ、30年間、一度もないけどね(笑)。
K 全く畑違いのジャンルの曲をかけた時に、理解を得られない、ということはあるかもしれませんが、皆さんが通常選曲されるようなジャンルのアーティストは、むしろかけてもらって嬉しい、ということがほとんどではないかと思うところはあります。
W DJという行為をそうやって捉えてもらえると嬉しいよね。
Z 曲を変な風に聴かせようというDJはいないと思うけど、これはサンプリングの話につながってくると思う。
例えば、カニエ・ウェストのサンプリングの手法は、最近はちょっと違うけれども、原曲のピッチをものすごく上げて、ターンテーブルで一番速くするよりももっと上げて、声もすごく高くなった状態でループする、みたいなものがあって。あれは作者本人が意図していない形にはすごくなっていると思うけど、、、
DH あれはでも、サンプリングする時に許諾を得ているでしょ。
Z うん、もちろんそうなんだけど。カニエ・ウェストの『Through The Wire』で、チャカ・カーンの『Through The Fire』をサンプリングしてる、その流れでDJがチャカ・カーンのオリジナルを、すごく速くかけて別のビートも乗せて、なんてことも起こり得る。
DH それはリスクがあるね。
K もしかしたら、ですけど、その流れであれば、チャカ・カーンさんはカニエ・ウェストさんにそのピッチを許しているので、、、
Z まあそういうDJプレイも許してくれるかもしれない(笑)。
DH 流れとしてはアリだよ、と。
W DJというものはこういうアートフォームなんだ、ということをしっかり打ち出して、DJ配信するということはそこも委ねてもらうんだ、という活動をどこかでやっていかないと、そういう現場の不安は解消できないな、とも思うね。
後編 へつづく。
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